ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第五十七話「使い魔ヒラガ・サイト」





「あ、ども。
 平……じゃなくて、えっと、サイト・ヒラガっす。
 ルイズの使い魔やってます」
「フンッ!!」
「ぐへ!?」
「あんたほんとにどれだけあたしに恥掻かせたら気が済むわけ!?
 貴族どころか王様にそんな挨拶をするなんて、召喚の日の晩にもあれだけ注意したでしょうが!」
「……」
 神聖アルビオンとの戦など些事と片付けそうになるほど、彼という存在はリシャールを驚愕させた。
 サイト・ヒラガ氏の挨拶は、間髪入れないルイズの回し蹴りがどこかへ吹き飛ばしてしまったが、それどころではない。
 ……これは一体、どうしたものだろうか。

 容姿に髪色、服装、口調。
 サイト・ヒラガと名乗ったルイズの使い魔の少年だが、アルビオン出身などとんでもない間違いだ。
 彼はどう見ても、丁度高校生あたりに見える現代日本人であった。ヒラガはそのまま平賀だろうか? 人目がなければ頭を抱えて踞りたいところだった。……それにしてもだ、自分の義妹は、何と突拍子もない相手を使い魔に選んだのだろう。人を驚かせるにも程がある。
「……あー、うん。セルフィーユ国王、リシャール・ド・セルフィーユだ。
 よろしく、ね」
 リシャールは努めて表情を明るく保とうとした。サイトに直答を許し口調については不問と宣言、彼の立ち位置が分からず困惑していたジャン・マルクにも目配せをする。
「えーっと、お、王様!?」
「顔色悪いわよ、リシャール!?
 ……疲れてるの?」
 彼には色々聞きたいこともあるが、ともかく平常心を取り戻さねばならない。そう心に言い聞かせねばならないほどに、衝撃は大きかった。
 取り敢えず二人を馬車に乗せ、彼らの馬は近衛隊に預からせる。
「……ああ、いや……そうかも。
 ここのところ忙しかったし、ちょっと疲れてるのは確かなんだけど、大丈夫だよ。
 ごめんね、心配させて。
 サイト……くん、も、悪いね」
「あ、いえ……。
 俺のことなら、サイトでいいっすよ」
 本当に使い魔なのかと聞いてみれば、左手の甲のルーンを示される。そこには確かに、古代文字で何やら刻まれていた。刻印の時は相当な痛みが走ったそうだが、今は大丈夫らしい。
「ところでルイズ、サイト。
 二人とも、時間があるなら一緒に夕食でもどうだい?
 門限に間に合わないようなら、アーシャで送っていくけど……」
「そうね、お願いするわ」
「アーシャって?」
「僕の使い魔だよ。
 召喚の儀式の日には魔法学院にいたんだけど……」
「ちいねえさまやマリーと一緒にいたドラゴンよ」
「ああ、あの……って、あれが王様の使い魔?」
「うん」
「あんたよりよっぽど賢いわよ。
 礼儀も正しいし、無茶苦茶強いし……」
「いやあんなでっけードラゴンと比べられても……って、俺だってギーシュやっつけたじゃないか!」
「アーシャとギーシュじゃ、それこそ竜とモグラよ」
 韻竜と現代日本人、果たしてどちらが『強い』のか。これはまた難問だなと、口論を続ける二人を見やる。
 ある意味、キュルケのサラマンダーやタバサのウインドドラゴンさえ霞む驚愕の使い魔じゃないかと、リシャールは溜息をついた。
 だが、彼らの言葉に引っかかりを憶える。……ギーシュをどうしたって?
「……って、ちょっと待って!?
 ギーシュやっつけたの?」
「おう!
 こうばっさばっさと、ゴーレム……だっけ!? 全部ぶった斬ってやったんだ!」
 チャンバラごっこのように、サイトは空の手を振り回して俺は強いと力こぶを作った。対するルイズはこれ以上なく呆れているが、どうやら本当のことらしい。同年代の少年達の中でもギーシュは名門軍人家系の生まれで、本人も軍人志望とあってそう弱くはないのだが……。
「ええ、そうね。確かに勝つだけは勝ったわね。
 でも秘薬は高くついたし、ベッドは占領するしでさんざんだったわよ。
 あんたが怪我しなきゃ、剣だってそんなボロボロじゃなくてもっといいの買えたのに……。
 リシャールにお願いしようか迷ったけど、忙しそうだったし……あ!」
「ルイズ?」
「ねえリシャール、このボロ剣、ぴっかぴかにならないかしら?
 ついでに口のきき方も治してくれると嬉しいんだけど……」
「王様、この剣すっげえ面白ぇんだ。
 お喋りするんだぜ!」
「お喋り?
 ……あ」
 両手持ちの大剣で、反りが僅かに入った……と、そこまでを観察して、リシャールはいつぞや出会った『彼』を思い出す。
 おうと頷いて、サイトは剣の持ち手と鞘のところにある留め具を外した。長いので、車内では扱いづらい。
「酷ぇや相棒。
 おいらだって久しぶりに買われて、喋り相手が欲しいんだぜ……」
「もしかしなくても、デルフリンガー!?」
「おう?」
「え、リシャール!?」
「王様、こいつのこと、知ってるんすか!?」
「へえ、王様ねえ……。
 店先でしばらく燻ってる間に、おいらも有名になったんかね?」
 デルフリンガーののんきな声に、リシャールは相好を崩した。
「ふふ、もう四、五年前になるかな。
 トリスタニアに来た初日、武器屋を探してナイフを卸しに行ったとき、君は僕を鍛冶屋の坊主と呼んで、その歳にしてはいい腕だって褒めてくれたんだよ。
 僕が生まれてはじめてインテリジェンス・ソードを見た日だからね、よく憶えてる」
「そんなこともあったかねえ……いや、あったか?
 ……そうだ、親父の目ん前で売り物に魔法掛けてた坊主がいたな。あの後親父がぐだぐだ抜かしてやがったっけ。
 そうか、あん時の坊主か!」
「嬉しいね、憶えててくれたんだ。
 デルフリンガーも元気そうで何よりだよ」
「おう!
 おいらは剣だからな、風邪の一つもひかねーぞ。
 でもよ、何で王様が下町までナイフなんざ売りに……?」
「あの時は王様じゃなかったし、旅に出たばかりでアーシャ……ああ、使い魔の食餌代どころか、自分の泊まり賃もどうしようかってぐらい手持ちが少なかったからね。
 いやあ、それにしても懐かしい。
 不思議な巡り合わせを感じるよ」
 錆び付いたみてくれはともかく、デルフリンガーはいい剣だとリシャールは思う。……なにせ、『亜人斬り』のヒントになってくれたのだからして。
 それによくよく観察してみれば、作りは端々まで丁寧だ。本気で錆取りをしてみたくもある。
「あの、王様」
「なにかな?」
「王様って貧乏なんですか?」
「うん。
 一時よりはましになった……のかな?
 うちは国民全部を足しても、このトリスタニアの街区一つと変わらないぐらいの小さな国だからね」
「へえ……」
「……サイト、あんたってほんっとに失礼なやつよね」
 ルイズは随分と呆れていたが、会話のテンポさえ懐かしいリシャールには、楽しくて仕方がなかった。

 王様の格好で店に行くのもあれかと公邸にそのまま帰り着き、香茶などを勧めて話を聞く。
 ルイズは少し落ち着いたのかいつもの風情だったが、サイトは物珍しげに調度品などを眺めていた。
「へえ、じゃあ君はニホン? ……という国の出身なんだ」
「はい。
 えっと、多分、別世界だけど……」
「別世界?」
「トリステインなんて名前の国、聞いたことないし、こっちの人はだれも日本知らないし。俺の居た世界なら、世界中どこでも電話や車ぐらいあるはずなのに……。
 王様は日本とか、聞いたことあります?」
「……ないなあ」
 知っていて聞くのも申し訳ないが、リシャールが自らの秘密を二人に話す理由にはならなかった。自分の身よりも大切な、カトレアやマリーとの生活を壊してしまうことに繋がり兼ねない。
「へえ、相棒は異世界の出身なのか。
 ま、おいらにはかんけーねーやな」
「薄情だな、お前……」
「だっておいら、剣だし」
「信じられないわ……」
「ノートパソコン見せたじゃんか」
 ただ、ハルケギニアに一人放り出された彼のことは、元同郷人のよしみで助力を惜しむまいとも同時に考えていた。自分は赤ん坊から幼少に到る数年を世界との摺り合わせに使えたが、サイトは右も左も分からないまま召喚されたに違いない。交通事故とはいえ死体ぐらいは残っていただろう自分と違って、向こうでは行方不明扱いなんだろうなと、彼の家族にも多少同情する。
「ルイズ、彼は本当のことを言ってると思うよ」
「……リシャールは信じちゃうの?」
「うん。
 もちろん、理由はある」
 彼は間違えようがないぐらい、現代日本の若者だからね。……とは言えないので、じっくりとサイトを観察しつつ、それらしい理由をでっちあげる。
「ルイズ、騙そうとしてつく嘘なら、普通は自分の身の安全ぐらいは確保するものなんだけど……彼にはそれがない。
 ジャン・マルク隊長が、君の……ラ・ヴァリエール公爵令嬢の使い魔であるってわかっていながら剣を抜いて怒鳴りつけようか迷ってたぐらい、サイトは……その、無礼だったよね?」
「そうね」
「マジっすか!?」
「うん。
 とりあえず止めたけど、あれはちょっと拙かったかもしれない」
「うへえ……」
「ほんと、いつか打ち首にされても知らないわよ」
「まあ、可能性は否定出来ないなあ……」
「げっ……」
 慣れるように努力すればいいからと宥めて、話を続ける。
「その上で気付いたんだけど、彼は僕に挨拶したとき、馬車に乗ったとき、香茶が前に置かれたとき、それぞれ、頭を下げて簡単な……ううん、僕やルイズには簡単に見える礼を口にした。
 つまり、ハルケギニアの作法は知らなくても、彼には彼の暮らしていた『世界』の礼儀があるんじゃないかと思えた」
「さっすが王様、話が分かる!」
「ただ、それがほぼ通用していないことも間違いないけど……」
 理解者が現れたと勢いよく顔を上げたサイトは、そのままがくりと俯いた。
「でも、こちらのことは知らない様子でも、説明で補えば話はきちんと通じてる。
 だからね、僕らの知らない場所からこのハルケギニアに準備もなく放り込まれたって考えると、割と辻褄が合うんだよね。
 僕だって、ラ・クラルテを名乗っていた頃の常識は今じゃ通用しない。
 ……そうですよね、ルイズ『様』?」
「……そうね」
 ルイズはまだまだ本心から納得していないようだが、多少は険も取れただろうか。彼という存在を受け入れる前準備にしては上々かなと、リシャールは小さく微笑んだ。

 食事はオーソドックスな……サイト曰く高級フランス料理『っぽい』メニューだったが、その頃には彼も遠慮がなくなっていた。
 ルイズに言わせればそんなものは最初から無かったそうだが、リシャールにしてみれば日本の若者らしいと言えなくもない。
「こっち来てもう十日ぐらいになるのかな、たまには米のメシが食べたいよ。
 パンばっかでさあ……」
「コメ?」
「お米。ご飯。ライス。
 って……もしかして、お米ないの?」
「……ちょっとわからないなあ。
 サイト、どんな食べ物なんだい?」
「どんなって、田んぼで育てるつぶつぶのちっこいやつで……ルイズは知らないか?」
「リシャールが知らないのに、わたしが知ってるわけないでしょ」
「そっか……」
「……」
 リシャールも米は半ば諦めていた。第一、知っていれば自分がサイトより先に食べていないわけがない。市場で流通している雑穀の類にも、残念ながら似たような穀物はなかった。
 ふんふんと頷きながら説明を聞き、助け船のようなものを出してみる。
「そうだなあ……コメはわからないけど、東方の料理の一種でビール麦を粒のまま煮炊きする料理なら僕も試したことがあるし、君の説明通りなら食べ方はそれに近いかな?」
「麦……?
 ああ、たぶんそれ、麦飯だ!」
「ムギ・メシ?
 へえ、そんな名前なんだ。
 そうだ、時間を作ってルイズと二人、セルフィーユに遊びに来るといいよ。前もって連絡をくれるなら、迎えぐらいはすぐに出せる。
 うちのマリーも喜ぶだろう。なにせ、君の名前を覚えてるぐらいだし」
「俺の名前?」
「うん。
 帰ってきたとき、『ルイズはサイトを喚んだ』って教えてくれたよ」
「そりゃあ、平民の使い魔が珍しかったからでしょ。
 わたしだって驚いたわよ……」
「……へいへい」
 名残は惜しいが、気付けばいい時間になっている。
 遅くなる前に送っていこうと、リシャールは二人を促した。

 その帰り際。
 ちょっと話があるからと、リシャールはルイズに袖口を掴まれた。サイトはアーシャを見上げて乗っていいのかとわくわくした様子で、こちらは見ていない。
「ね、リシャール」
「うん?」
「どうしてリシャールはあいつのこと、そんなに気に入ったの?」
「気に入ったように見えた?」
「ものすごくね。
 あんなに無礼で、物知らずで、ドジだし間抜けだしやかましいのに…」
「……よく見てるんだ」
「何をしでかすか恐くて目が離せないのよ……」
 望郷の念を呼び起こされたせいもあるが、サイトを一人の人間として見た場合、果たしてどうだろうか。
 ルイズの言うように、注意力散漫なところはこの短時間の邂逅でも確かに見受けられた。しかし性格は極めて楽天的で斜に構えたところもなく、口は少しばかり悪くとも陰湿さがないことは美点に思える。それに、いきなり召喚されたにしては非常に前向きだ。
 今時珍しく、真っ直ぐ育ってきた若者だと評してもいい。アルバイトの面接に来たのなら、一からあれこれ教え込むのは大変そうだと分かりつつ、喜んで採っていただろう。
 叶うなら……家に帰してやりたいところだが、如何にリシャールでもそれは無理だ。ならば多少なりとも力添えをすることが心意気であり、実際の助けにもなるはずだった。
「そうだなあ……。
 ちょっとね、嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
「うん。
 王様になってから……ううん、その前からかな、僕の前だとみんなやっぱりどこか遠慮するんだよ。クロードでさえね。
 ウェールズ相手だと、やっぱり僕の方に遠慮が出る。……いや、出た」
「リシャール……」
 ニューカッスルの落城とアルビオン王国テューダー王家の滅亡は、既に公表されている。
 リシャールはアーシャに触っていいかと聞くサイトにいいよと返し、アーシャにも頷いた。
「でも、彼にはそれがない。
 もちろん、僕をからかうために遠慮がないんじゃない。ルイズを困らせるためでもないだろうね。
 彼はこちらの常識を知らないだけで、興味本位なところはあっても、こちらのことを知ろうと頑張ってるんじゃないかな。
 だからクロード達でさえ躊躇うようなことも遠慮なく聞いてきたし、僕はそれに答えるのが楽しかった。彼の話も、突拍子のないものばかりで面白かったしね。
 でも……そっか、そばにいつもいるルイズにはちょっと辛かったかな。
 ごめんね」
 ハルケギニアの知識が一切ない少年は、自らの常識と良識と経験で行動していたのだろう。
 だがそれは、サイトの不注意とまでは言えない。
 ハルケギニアとは、社会構造も道徳も生活習慣も、何もかもが違いすぎるのだ。
 仮定の話だが、現代日本人を百人ほど召喚したとして、貴族だから跪けと『いきなり』言われた彼らの何割が、言葉の響きやイメージ、歴史的な知識から思いつく権力や財力はともかく、その相手が攻撃魔法を使うことまで考慮して跪くだろうか?
 魔法が基本的に否定される現代地球社会の常識を身に着けた人々に、実見せず魔法の存在を感知せよと言うのは無茶だ。……希に超能力者や魔術師がいるかもしれないが、悪魔の証明同様にないものとして扱われている。
 もちろん、一介の高校生であっただろうサイトに……それも突然召喚され右も左も分からぬままハルケギニアへと放り出された彼に、そこまでの配慮と判断を要求するのは酷だった。
 ルイズの方も一般の使い魔と違って会話の出来る『平民』の使い魔が、反抗的に見えてしまうような常識外の言動を重ねれば、あのような態度になってしまうのも頷ける。
 ハルケギニアの常識と同時に彼の行動原理が理解できるリシャールならばともかく、これではルイズがストレスをため込んでも仕方がない。リシャールは小さく肩を落とす彼女を気遣った。
「ねえ、ルイズ。
 ちょっとだけ、サイトについて思いついたことがあるんだ」
「……なにかしら?」
 本当は『知っていて』それを元に『考えた』ことだが、そこまでは伝えなくていいだろう。
 彼の前向きな性根を評価すれば、方向性こそわからないものの何かやってくれそうな気はする。
「今のサイトは、目も開いていない生まれたての雛鳥のようなものだ。
 たぶん、あと二、三年は素っ頓狂な行動に出て、ルイズだけじゃなく、周囲のみんなをあらゆる意味で驚かせたり、困らせたり、怒らせたりするだろうね。
 でもその後は大化けするんじゃないかなって、僕には思えた。 
 ハルケギニアの事を学ぶ時間さえあれば、彼はきっと、大きく羽ばたくよ」
「そうは思えないけれど……」
 同じ使い魔同士仲良くやろうぜと言ってアーシャを困惑させているサイトに、ルイズは懐疑的な目を向けた。
「それでもだめな時は……」
「……だめな時は?」
「僕のところに連れておいで。
 彼を一人前の、立派な男に仕立て上げてみせるよ」
「今日から預けてもいいぐらいだわ」
「それはだめ。
 今彼に一番必要なのは知識を教え込む事じゃなくて、色々な体験を通して彼自身が気付いたり学んだりすることだからね。
 それに主人と使い魔が離ればなれになるのは、良くないよ」
 まあ、愚痴ぐらいなら手紙に書いてくれて構わないからと、リシャールは片目を瞑った。






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