ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第五十九話「場違いなそれぞれ」




 とうに昼は回っていたので、リシャールはアーシャにてフーケと二人、王都の公邸に戻ってきた。国許に戻る前に彼女の経歴も調えなくてはならないし、話を合わせておかねばならないこともある。
 別邸の専属執事シルヴェストルに奥の間の人払いを、侍女頭のナディーヌに軽いものを頼むと、リシャールはフーケと向き合った。
「今更だけど、あんた、ほんとに王様なんだねえ」
「時々忘れたくなるけどね。
 さて……」
「ああ、『取引』と行こうじゃないか。
 今の私に十万エキューの価値があるとは、とても思えないけどね」
 リシャールは勝ち気な目を向けてきたフーケをやれやれと見直し、どうしたものかとあれこれ思い浮かべた。
 こちらは彼女の生命と自由を握り、彼女はウェールズ生存の情報を握っている。なんとかこの戦いが終わり彼を表に出すことが出来るようになるまで、この均衡を保たなくてはならない。
 しかし相手は大泥棒、見かけが妙齢の美人だからと油断できるはずもなく、どこまで話が通るのか見極めも肝心だ。
「その十万はあまり気にしなくてもいいよ」
「おやまあ、太っ腹だね?」
「いや、そうじゃなくて、ウェールズから取り立てるつもりなんで。
 第一、何故彼が君を助けようと頼んできたのかさえ、僕は知らない。
 君が捕まった日がユルの曜日で、トリスタニアで号外が出たのはマンの曜日、それがセルフィーユに届いてすぐに来たからね」
「あの王子様を、信用してるんだ?」
「その大前提を崩すと、国が路頭に迷うんだ。
 大国の意向には元から逆らえないし、友誼と恩義もあるけど、それはこちらから振りかざしていいものじゃない……ってことは心に刻んでるよ」
「ふうん……。
 あんた、結構なタマだね」
「どうだろうなあ。
 アンリエッタ殿下の方が、僕よりずっと肝が据わってるよ」
 流され続けて王様になった自分が希代の大盗賊に講釈を垂れている今の状況は面白くもあった。
 飾らない言葉と適度の緊張を織り込んだ会話は、サイトとは違った意味で楽しみたくもあるが、今はそれどころではないのが残念だ。
「で、何故ウェールズが君を助けようとしたのか、教えて貰えるかな?
 場合によっては、それを引き継がなくちゃいけない可能性を思いついてね……」
「そうさねえ。
 私にしてみりゃ、心変わりか罪滅ぼしって気はするけど……。
 王様、あんた、モード大公さまはご存じかい?」
「その名は聞いたことがあるよ。……ジェームズ陛下から直々に、ね」
「そりゃ驚いた。
 けどあんた、どこまで知ってる?」
「エルフのお妾さんの事で揉めて、表向きは叛乱未遂として大公殿下が処刑されたことまでは聞いた。
 もしかしなくても、君は大公殿下の縁者なのかい?」
「どうせ黙っててもウェールズ王子の方からばれるだろうけど、私の本名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。
 父は大公さまの家臣でね、私は元サウスゴータ太守の娘ってわけさ」
 これでようやく繋がった。サウスゴータと言えばかなりの大都市、ロンディニウムとロサイスを結ぶ交通の要衝である。やはり彼女は元アルビオン貴族で間違いなかったようだ。
 だが大公の家臣で、なおかつ『心変わりか罪滅ぼし』という言葉から導けば、その後の想像はついた。
「……じゃあ、お父上は連座して?」
「連座って言うか、愛妾シャジャル様と一緒に、テファ……娘のティファニア姫を逃がそうとしてね。
 私はその場にいなかったお陰で、逆に彼女を連れて逃げる余裕を得られたって訳さ」
 皮肉なもんだよと彼女は軽く言うが、叛乱未遂と発表せざるを得ないほどの騒ぎになったことも間違いない。
「ぶっちゃけるとね、逃げたはいいんだが、まさか出歩かせるわけにもいかなくて。
 もちろん、テファが追われたお姫様だから……ってのもあるけど、あんたも知っての通り、彼女はハーフエルフなんだ。
 ……わかるかい?」
「……耳?」
「正解」
 リシャールも本物のエルフを見たことはない。
 だが人間との中間、あるいはエルフ寄りの容姿では、エルフ族の身体的特徴である耳の長さがどうしても目立ってしまうことは想像がついた。
「だからって、女手一つで食べさせられるのにも限度があった。
 そのテファと身を寄せた村の孤児たちに、まさか食うなとも言えないだろう?
 いつの間にか増えてるしさ……」
「それで盗賊か……。
 にしても、もうちょっと狙う貴族を選ぶとか品を選ぶとかすれば、目立たずに長く稼げたんじゃないかな?
 報告書はさっきちらっと見たけど、リュゼ公爵にエスノー侯爵、ヴェルソワ伯爵……どれも大貴族やその取り巻きじゃないか」
「欲をかいたのは間違いだったかねえ。
 ……実利もあったけど、半分は肥え太った馬鹿貴族に恥を掻かせてやるのも目的だったのさ」
「ああ、魔法学院だと都合もいいか」
「後付だけどね。
 年末までは情報集め兼ねて、酒場の給仕やってたんだ。
 常連にやたら尻触ってくるジジイがいたんだけど、そいつがオスマンだった、ってわけさ」
 大抵の大貴族の子女は、魔法学院に通う。学院長秘書なら酒場の給仕よりは給料も高かろうし、情報を得るにも良かったのだろう。
「そう言えば『破壊の杖』って、どんな魔導具だったんだい?
 ワイバーンを一撃で屠るって聞いたけど?」
「ありゃあ魔導具かどうか、ちょっと私にゃわからなかった」
「へえ?」
「秘宝にゃ違いないんだろうが、解析しても魔力は感じられなかったし、魔力を込めて振っても火花一つ出やしない代物だったよ。
 ただ、威力は本物さね。
 三十メイルの戦略級ゴーレムを木っ端微塵にされたよ」
 その大きさのゴーレムを操れるフーケは、リシャールよりも魔法の腕はいい様子だ。しかし、それを木っ端微塵にするのだから、『破壊の杖』もやはり秘宝と呼ばれるに相応しい。
「討伐隊を引っかけて、使い方を得ようとしたところまではよかったんだよ。
 サイトとかいう使い魔の少年が肩に担いでどかんとやってくれて、使い方も分かったしね。
 ところが……これが大誤算でね、私が同じようにやってもうんともすんとも。おかげでこうして、王様に身の上を語る羽目になっちまったのさ」
 手紙にはサイトがやっつけたとしか書いていなかったので、リシャールは訝しげに眉をひそめた。
 元は貴族の娘で魔法の腕もそれなりにあるフーケが使えなくて、召喚されたサイトが使えるような、しかも魔導具ではないというそんな都合のいい『破壊の杖』とは、果たしてどのような代物なのだろう?
 少し深く聞き取っておくべきだなと、フーケに目を向ける。
「……どうかしたのかい?」
「君は話を聞く限り土メイジ、それもスクウェアかトライアングルのメイジだと思ったんだけど……」
「私はトライアングルだね」
「その君でさえ使えない『破壊の杖』を、平民のサイトが何故使えたんだろうと思ってね。
 彼は見たところ、魔法とは縁のない普通の少年だったのに……」
「……あんた、召喚の場には居なかったのに、なんであいつのことを知ってんだい?」
「先日、この部屋で食事を共にしたよ。
 ……聞かれるまでは黙っておこうと思ったけれど、彼の主人ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは僕の義妹、フォン・ツェルプストー辺境伯令嬢の学院に於ける後見人は僕だ」
「……ふうん」
「タバサは……まあすぐに調べがつくか。
 彼女の本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン、ガリア王姪殿下で今はセルフィーユ家の預かりとなっている」
「おやまあ、全員かい」
「分かってるとは思うけど……」
「へいへい。ここは大人しく釘を刺されておくよ」
「ありがとう。
 こちらも手出しはさせないようにする。
 ……夏休みには、全員うちに帰ってくるだろうしね」
 物わかりのいいことで結構だ。
 お互いに相手の喉元を握っている関係だが、両者共に後ろ暗い分、下手な相手よりも賭場で表に出す札の価値観が近いかもしれない。
「それで……話を戻すけど、『破壊の杖』ってどんな形をしていたのかな?」
「見かけはちょっとごてごてと飾りの付いた、金属のぶっとい杖だ。
 相手に杖先を向けて狙いを付けると、大きな炎の矢が煙を引いて飛んでいく。
 私にゃ使えなかったけどね」
「でも魔法具じゃないなら……武器?
 肩に担ぐ大砲みたいなってなると、銃と大してかわらない大きさだなあ」
「本当はそんなちっこい大砲じゃ、威力も小さいはずなんだけどねえ……。
 自前の軍艦持ってるなら、わかるだろ?」
「それもそうか。
 ……なるほどね。ありがとう、参考になったよ。
 サイトに直接聞いてもいいけど、今度見に行ってみるか……」
「……随分と食いつくね?」
「戦争が近いから。
 うちで扱えないにしても、知識だけは仕入れておくべきだってところかな。
 神聖アルビオンはどれほど遅くとも来年中には攻めてくると、僕たちは見ている」
「あれもどこから湧いて出たのやら、よくわかんない連中だね。
 そうだ、こっちからもお願いがあるんだけど、いいかい?」
「うん?」
 そう言えば今後の予定も何も決めていなかったかと、彼女の目を見て頷く。
「テファと子供達の生活費だよ。
 もう裏稼業って訳にもいかないからね」
「……何人?」
「テファ入れて十五人」
 余裕を見て二千エキューもあれば、一年は持つだろうか。
 届け先がアルビオンでは、物で送るわけにも行くまい。フーケに金を持たせ、直接送り出すほかないだろう。
「村ごとセルフィーユに来てくれるなら話は早いんだけど、そうも行かないか……」
「姿替えの魔法具でもありゃいいんだろうけど、それにしたってテファに窮屈な思いをさせるのに変わりないからね。
 ひっそりした森の奥でも、のびのび暮らせるだけましさ」
「……もしかすると、ウェールズの狙いはそれかな?」
「さてね」
 ウェールズが死んでも、ティファニア姫が生きていればテューダー家の血は続く。その為にフーケの生存が必要と、リシャールを頼ったのかもしれない。
 そう言う意味では、資金を渡して姫共々隠れ住んで貰う方が安全なのか、難しいところだ。セルフィーユでは居ないことになっているウェールズ同様、庇護しきれない可能性もある。
「子供達は、エルフを……ティファニア姫を恐れたりはしていないの?」
「たまにしか顔を出さない私が余所者扱いされるぐらい、懐いてるよ」
 東方の商人以外にもエルフと仲良くやってるところがあるんだなと、リシャールは顎に手をやった。
「商人ねえ……。
 王様、エルフに興味があんのかい?」
「エルフその物より、交易にね。
 エルフの国もそうだけど、彼らの暮らすその向こう、ロバ・アル・カリイエの品なんて、そうそう手に入らないからなあ。
 『本物』ならそれこそ金に糸目は付けない……って言いたいところなんだけど、まあ、言い値は無理でも相応の額は出すかな。
 伝があるなら紹介してくれるかい?
 戦争も近いから、しばらくは手元不如意だけどね」
「憶えとくよ」
 それであんたからはと言う風に、フーケはこちらを見た。
 次はリシャールからの条件提示だが、今後の事を考えれば、戦争が始まる前にある程度の形を付けておかねばならない。
「そうだなあ、僕としては君の生存と安全、これに尽きると思う。もちろん、ティファニア姫も。
 だから……しばらく君には、セルフィーユで暮らして貰うことになる」
「そんなところだろうねえ」
「今月末にはトリステインと神聖アルビオンの間で国交が結ばれるから、航路も今よりはまともに動くかな。
 それまでに杖の用意も含めた旅支度をして貰うとして……どうするかなあ。
 適当に偽名でも名乗って……いや、まずいのか。ああもう、上手くいかないな」
「何を悩んでるんだい?」
「ミス・ロングビルの名は、うちの娘のお陰で城中に知れ渡っている。それが怪盗フーケってことも、ね。
 顔だってつい先週見たところだから、忘れちゃいないと思う」
「……なるほど」
「それに、マチルダ・オブ・サウスゴータとしての君を知っている者が居る可能性もあるか……」
「……あんたもついてないねえ。
 王子を匿ったばっかりに」
「茶化してないで一緒に考えてよ」
 さて、嘘をつくときは適度な真実を混ぜつつ、周囲を煙に巻いてしまうのが一番だが……。

 ともかく大凡の流れを決めたリシャールは、必要な物を買い集めるべく、彼女の案内で裏通りの奥、幾つもの辻を折れた先の怪しげな店に足を向けた。
「運がよけりゃ、あんたの言うロバ・アル・カリイエの品ぐらいあるかもしれないよ」
「それはそれで期待してる」
「王様を案内するにゃ、場違いな店だがね」
 店内は……異臭とまでは言わないが怪しげな香が焚かれ、そこかしこに怪しげな品曰くありげな品が所狭しと並んでいた。その内の一点が動き、帽子かけではなく帽子を被った店主だと知れる。
「……お見限りだな、『ゴーレム』」
「ちょいと忙しくてね、『狸穴』」
 『ゴーレム』と呼ばれたマチルダは、小さく肩をすくめた。
 くたびれた見かけの店主は、ぎょろりとリシャールを睨め付けた。
「そっちは?
 貴族の若いツバメでも引っかけたのか?」
「新しい雇い主さ。
 ……あんたも適当に名乗んな。それがここの流儀さね」
「……二つ名そのままじゃ雰囲気が出ないか。
 じゃあ、『油漬け』で」
 早速、店主に必要な物を切り出し、見台に並べて貰う。
「……どれも似たり寄ったりだねえ」
「らしさがあれば、何でもいいかな」
 銀鎖のついた並品のペンダントと魔力を込めればスミレの香りが漂うという小さな宝玉に三十エキューを支払い、リシャールは改めて店内を眺めた。
 先ほどから目を付けていた品を確かめていく。
「……いい店だね」
「……フン」
「皮肉かい?
 どこにでもある古物商だよ。……ちょいと融通は効くけどね」
「いや、皮肉抜きで。
 ……ご店主、これはそれぞれ幾らです?」
 壁に掛かった商品の中から、リシャールは数点選んで『狸穴』に示した。彼の眉毛が一瞬ぴくりと跳ね上がる。
「ほう?
 ……鉄箱が五十、綿入りの死体袋が三十、編み上げ靴は六十」
 リシャールに言わせれば、映画で見たような覚えのある弾薬箱、カーキ色をした人形型の寝袋、片方だけの登山靴っぽい軍靴……いやコンバット・ブーツは、一部に合成繊維が使われている現代の靴である。
 あるところにはあるもんだなあと、リシャールは感心していた。
 対してフーケは、納得が行かない様子だった。
「おいおい『狸穴』、いくらなんでもそりゃあボッタクリじゃないかい?
 この鉄箱、確かに作りは悪かないけど、色も地味だし魔法の一つもかかってやしない。せいぜい十か二十ってとこだろ。
 こっちの靴もそうだ。金糸銀糸もつかってない片っぽだけの靴に、六十エキューも出す馬鹿がどこにいる?
 そりゃこの……『油漬け』は、見かけも頼りないし引っかけ甲斐がありそうに見えるだろうけど、私ともそう短い付き合いじゃないだろ?」
「……フン」
 『狸穴』は取り合わず、呆れた様子のフーケを無視してじっとリシャールを見た。
「……あー、『ゴーレム』。
 ご店主はたぶん、君の顔を立てて僕にこの値段を示してる」
「はあ!?」
「鉄箱、貰おうかな」
 リシャールは懐から袋を出して、金貨を数えはじめた。
 出所は最低でもガリアや東方諸国の向こう側、運賃と入手難度だけ考えても十分元が取れる。発泡スチロールのトロ箱に二十エキュー払ったことを思えば、破格の値付けだ。寝袋と靴も欲しいが、そちらは今度でもいいだろう。
「五十です」
「確かに」
「取り置きは無理でしょうが、時々寄らせて貰っても?」
「……『油漬け』を上客と認めよう」
 うむと頷いた『狸穴』に、リシャールは右手を差し出した。
 がっしりと互いに握り込む。
「あんたらがわかんないよ……」
「『ゴーレム』、おめえは宝飾品や美術品の目利きに関しちゃ一流だが、これらの品はちと異なる。
 ……こっちの御仁が選んだ品は、『場違いな工芸品』ってやつさ。
 聞いたことぐらいはあるだろう?」
「じゃあ、これがロバ・アル・カリイエの……」
「この御仁は間違いなく目利きだよ。
 店先にある三点、ぴたりと当てなすったんだから疑えねえ」
 ロバ・アル・カリイエ由来の品こと『場違いな工芸品』……地球産の品々には、その様な通り名が付いているらしい。案外、『破壊の杖』も場違いな工芸品かもしれないなと、心の隅の留めておく。
「僕にしてみると、この店は大当たり。
 『ゴーレム』が一流なら、『ゴーレム』の出入りする店も一流ってところだね」
「そりゃどうも。
 でも、どうやって見分けてんだい?
 あんたらはお互いに納得してるようだけど……」
「経験と感だ」
「ですねえ。
 ……コツはあるよ。
 時間は掛かると思うけど、帰ったら教えようか?」
「暇になったらね」
 よく分からないと言う顔をしながら、彼女は投げ遣りに頷いた。
 
 公邸に戻るとまずはマチルダ・オブ・サウスゴータ改め『ミス・ヴァレンタイン』の経歴を適当にでっち上げて移住を認める書類を用意し、互いに偽の経歴を確認し合う。
 こちらを表に立て、彼女はしばらくセルフィーユにてリシャールの秘書を務めることになった。城詰めも考えたが、最低一度はウェールズに会わせておかなくてはならないので、出歩く理由を作る必要もある。立ち位置が落ち着いた頃に、彼女は一度里帰りするという予定だ。
 その上で彼女には、リシャールが即興で仕立てた魔法具を付けさせた。銀鎖の先に紫色の宝玉がぶらさがった、単純なペンダントである。
「へえ、『血誓の首飾り』ねえ……」
「いかにもって名前の方がいいと思う。
 効果は……どうしよう?
 おどろおどろしい方がいいかな……」
「じゃあ、あんた以外が外そうとししたら、私の心臓が止まるってのはどうだい?」
「そのあたりかな。
 けど……僕がものすごく悪人に思えるなあ」
「今更だろ?」
 もちろん、魔力を込めるとスミレの香りがするというだけの効果しかないが、魔法で縛って支配下に置いているのだと、彼女の顔や経歴を知る者に言い訳して回る予定だった。
「まあ、首飾りはともかく、あんたには多少の義理も出来ちまったからね。
 王様なんて悪人に決まってるんだろうけど、あんたは多少ましだと思うことにする」
「そりゃ……ありがとう。
 出来ればこれからも、少しはましでありたいかな」
 結局、体裁を調えるのに丸一晩かかってしまったが、ここをいい加減にやってしまうと後が面倒だった。

 翌日、アーシャの背でうつらうつらとしながら帰り着くと、娘の部屋には直行せず、先にジャン・マルクとヴァレリーを呼んで彼女を紹介する。
「彼女はミス・ヴァレンタイン。
 しばらくは僕の秘書としますが、ちょっと面倒になりそうで……フェリシテを呼んで貰えますか。
 その時、この部屋に入っても騒ぎ立てることのないようにと、一言添えてください」
 しばらくして部屋に呼ばれたフェリシテは、流石に驚いたようだった。
「ミス・ロングビル!?
 陛下、これは一体……?」
「うん、彼女はミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケ……で間違いないんだけど、今日からうちで働くことになったから、今後はミス・ヴァレンタインとして扱って欲しいんだ」
 魔法で心を縛ってあるので危険はないこと、政治的な裏があるので詮索は控えることを先日のトリステイン行きに同行した家人たちに伝え、下手に騒ぐことを禁ずると釘を刺しておくように根回しを頼む。
「陛下、本当に、彼女が『土くれ』のフーケなんですか?」
「うん」
 げんなりとした表情のジャン・マルクを、アンリエッタ殿下もご了承済みだからと封殺する。
「割と面白い人なんだけどなあ……。
 ね、ミス・ヴァレンタイン?」
「陛下には一歩も二歩も及びませんわ」
 ジャン・マルクと似たような表情で、彼女は横を向いて溜息をついた。
「さて、うちの娘に会って貰えるかな?
 たぶん、泣くと思うけど……」
「覚悟は出来てるよ」
 家族の待つ居間へとミス・ヴァレンタインを連れていけば、もちろん、マリーは大泣きして抱きついた。困り顔の彼女にしばらく泣かせてやって欲しいと頼み込み、カトレアへと簡単に顛末を話す。
「おつかれさま、リシャール」
「うん。
 カトレアのお陰かな。
 あれが決め手になったよ」
「そう、よかったわ」
 先のことまでは分からないが、カトレアの言うようにこれでよかったんだろうと今は思うことにする。
「ねえ、リシャール。
 彼女をマリーの家庭教師にしては駄目かしら?」
「……それはまた大胆な判断だね?」
「マリーが懐いているし、物腰も洗練されているわ。
 それに彼女、今はもう『大丈夫』だと思うの」
「元アルビオン貴族で、いいところのお嬢さんだったらしいから悪くはないけど……。
 一度国許に返すって約束したから、その後かな。
 ……彼女が了承してくれたら、それでもいいよ」
「じゃあ、わたしからお話ししておくわね」
「うん」
 娘を預ける不安は……ゼロではないものの、世間の酸いも甘いも知っている彼女は、適任と言えなくもない。もちろん、魔法の腕は怪盗が務まるほどで、元貴族令嬢として作法礼法と言う名の十分な猫かぶりも身に着けている。
 それに下手な相手よりは口も出しやすいかと、リシャールは頷いた。
「そうそう、ルイズたちにはしばらく内緒でね?」
「そうね」
 説明をされたからと納得は出来ないだろうし、セルフィーユに来てからでもいいだろう。時間は何よりの緩衝材ともなる。
 何せラ・ヴァリエールとツェルプストーの争いは御法度と、中立地帯になっているセルフィーユだ。
 ……その約束事に死んだはずの大泥棒が一人加わったとて、構うまい。





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