制作時間:25時間(三日) //シーン1 //■背景 教室2−A //♪BGM 日常 今日も教室は賑やかだった。皆笑いながら俺を指さしている。失敬な奴らだ。人を指さすなんて失礼極まりないと教えられなかったのか。非常に遺憾である。 【壇 譲(だん じょう)】 「笑ってんじゃねえよ!」 俺はもう既に怒り心頭だ。顎を突き出し、眉間に皺を寄せて、いかに俺が激昂しているのかをアピールする。 しかし、おバカなクラスメイト達は全く意に介さずひたすら笑い続けている。俺の心情はさながら、ぷんすかぷんだ。 【譲】 「くっそ、くっそぉ! 笑うな! 俺は笑われるのが嫌いなんだ!」 勢いよく四つん這いになると頭をぶんぶん左右に振り続ける。クラスメイト達はまるで変な人を見るような目で俺を見てくるが、一向に構わない。 軽く頭がふらふらしてきたけど、それでも諦めない。ここでやめてしまっては俺の負けだ。 //□立ち絵 雄二 呆れ フェード=0.2 【田中 雄二】 「おい。そろそろやめとけ。机にものっそい当たってるから」 確かに雄二の言う通り、俺の頭は左右に並んでいる机に強かに打ちつけられている。狭いんだから仕方がない。リアクションを妨げるとは野暮な机だ。   などと考えていると力づくで頭を押さえられ、俺の振り子運動は強引に止められてしまった。   【譲】 「ぐぅ! は、離せ!」 【雄二】 「ぐぅ、なんて言う奴初めて見たわ。本当はお前みたいな奇人に触りたくないのは山々なんだが、そろそろ止めないとな」 【譲】 「うおぉ! まだだ! まだ俺はやれる!」 //□立ち絵 雄二 喜 フェード=0.2 【雄二】 「うん。やれるね。お前はまだ大丈夫だ。さあ、落ち着いて。大丈夫だから」 【譲】 「や、やめろ! そんな優しさに満ち溢れた微笑みを俺に向けるな! 憐れむな!」 俺は涙目で必死に懇願した。 くすくすと周囲で笑い声が響く。ちなみに俺と雄二からクラスメイト達は若干の距離が空いている。まるで見世物だけど、いつもの事だ。 //□立ち絵 雄二 普 フェード=0.2 //♪SE チャイム 【譲】 「さて、座るか」 【雄二】 「ん、そうだな」 さっきまでの事は俺の頭にはもう既にない。すたすたと自分の席に颯爽と戻ると、再び笑い声が響く。 //□立ち絵 雄二 消去 フェード=0.2 まあ、上々だろう。皆もそれなりに楽しんでくれたようだ。かなり頭が痛いけど。ちょっと頑張りすぎたかもしれない。 【譲】 (ん?) 何かしらの違和感を感じて、振り向いた。 【譲】 (気のせいか?) 視線のようなものを感じた気がしたんだけど、どうやら考え過ぎみたいだ。そもそも、俺に熱い視線を送ってくる奴なんているはずがない。そう思いたい。  正面に向き直っても背筋がむず痒いような感覚は消えなかった。 【譲】 (なんか、最近視線を感じるような気がするんだよな) しかし、いつも誰もいないし、こちらを見ているような節はない。 ひょっとしたら霊的な何かなのかな、と考えると僅かに身震いした。嫌な方向にしか考えが及びそうにない。 俺は頭を振り、雑念を取っ払うと教室に入ってきた教師に視線を向けた。 //シーン2 //■背景 通学路 夕方 フェード=1 //♪BGM 日常 //♪SE 足音 うだるような日差しを浴びながら、ゆったりと帰路に着く。 じんわりと背中に汗が滲むと、張り付いた制服を摘み風を送った。温い風が背中を撫ぜる。涼しいとは言い難いけど、幾分かはましに感じる。   新緑樹が左右に理路整然と並んでいるのは、人工的に植えつけられたからだろう。 それでも自然が生み出す癒しを生み出しているような気がした。そう思い込む事で暑さを忘れ去りたかっただけだけど。 こつこつと地面をたたく音だけが鼓膜を揺らした。周囲には誰もいない。俺の家は学校からさほど遠くはないので徒歩で通っている。 だけど、自宅の近所には、学校の生徒が少ないのか帰りはいつも人気がない道を通らなければならない。   //♪SE 足音 正直不気味だ。夏の日の入りは遅いとは言え、すでに日が陰ってきている。暗闇に恐怖を抱くような年齢でもないけれど、全く平気というわけでもない。 【譲】 (早いとこ帰るか。最近変な視線も感じるし) 情けないとは思いながらも少しだけ早足になる。だけど何かおかしい。さっきまでコツコツとしか響いていなかったはずだ。 //♪SE 足音×2  しかし、今はココツコツと響いている。つまり足音が増えているということだ。 【譲】 (くそ。これじゃあ、まるで俺がステップを踏んでいるように聞こえるじゃないか) 一人でステップを楽しそうに踏んでいると噂されたらどうするんだ、と俺は内心憤る。 ふと気が付くと足音が聞こえなくなった。いや、俺の足も止まっているから、ストーカー(仮)は完全に俺の後をつけて来ているという事だ。 【譲】 (面白いっ……! 俺の俊足について来れるか!?) //■背景 通学路2 夕方 フェード=1 //♪SE 走る足音 何の前触れもなく後方に走り出す。勢い込みすぎて逆に追う形になってしまった。足音が慌てて俺から逃げようとしたのが聞こえた。 【譲】 (間違ったな。まあいい。形勢逆転だ) 意味の解らない理論で無理やり自分を納得させると継続して足を動かす。自慢じゃないが運動はそれなりに得意だ。帰宅部だけど。   走り出して数分で足音の正体がわかった。あれは俺の通っている高校の制服だ。しかも女子。 ストーカーされるような理由は全く思いつかないけれど、捕まえて聞けばいいだろう。 追いすがる俺、なんとか距離をとろうとするストーカー(仮)。傍から見れば逆の立場に見られてしまうだろうが、俺は必死だった。だってなんか怖いし。 //□立ち絵 明 普 フェード=0.2 【譲】 「ふふふ! 捕まえたよお嬢さん!」 危ない言葉を吐きながら、ようやく追いつきストーカー(仮)の腕を掴む。暴れる様子はなく思いの外素直に従っている。 逃げる事も無さそうなので手を放した。捕まえた拍子にお互いの鞄を地面に落としてしまう。 お互い荒い息を整えながら沈黙が漂う。なぜか気まずい空気だ。 【譲】 「え、えーと。君、俺のストーカー?」 言ってからしまったと思った。今はシリアス展開だ。不真面目な言葉は笑いに変えられない。   しかし言ってしまったからには仕方がない。   俺が内心で焦っていると、当の少女は首を左右に振った。 【譲】 「でも、後をつけて来たよね?」 頷く少女。俯いて表情はあまり見えない。わからん。ストーカー以外の理由が浮かばない。 【ストーカー(仮)改め少女】 「その……」 ぼそりと呟く声は聞き取るのにやっとだった。 【譲】 「ん? な、なにかな?」 【少女】 「あなたに興味があって」 どくんと心臓が高鳴る。女の子が男に持つ興味とは一つしか浮かばない。 【譲】 「きょ、きょ、きょ、きょ、きょ?」 【少女】 「興味」 【譲】 「そ、そっすか」 【少女】 「ええ」 【譲】 「それはLOVE的な、LIKE的なあれですか?」 【少女】 「違います」 ばっさり言い放つ少女の口調は冷たかった。いや、最初から同じ話し方で変わっていない。 内心がっかりしてしまう。見たところ目の前の少女は中々に整った顔立ちだ。長い黒髪に切れ長の瞳。   いや、待てよ。どこかで見たことがあるような。 【譲】 「……氷上?」 //□立ち絵 明制服 微驚 フェード=0.2 【少女改め氷上 明(ひかみ あきら)】 「ええ。なんでしょうか?」 あまりに影が薄いので記憶になかったけど、同じクラスの氷上 明だ。常に無表情で全く笑わず、誰かと話しているところも殆ど見たことがない。 【譲】 「あ、いや。それで、どんな用事?」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「あなたに興味があって」 【譲】 「それはLOVE的な」 【明】 「違います」 【譲】 「あ、うん。なんかすみません」 突き放すように言われて思わず謝ってしまった。ちょっと気分を損なってしまったかもしれない。 【明】 「謝る必要はありませんが」 氷上の表情は全く変わらない。別に怒っていなかったのかもしれないけど、ずっと無表情だから何を考えているのかさっぱりだ。 【譲】 「えと、じゃあ興味っていうのは?」 【明】 「壇君はいつも人を笑わせていますね」 【譲】 「え? そうかな?」 【明】 「ええ、だからです」 【譲】 「つまり、道化の俺が滑稽に見えたと」 【明】 「間違ってはいませんが、滑稽とは違います。ただ教えて欲しいと思いまして」 だめだ。この子に何かしらのボケをしてもツッコんではくれない。 そもそも、俺単体で見ればそんなに面白いやつじゃないんだ。優秀なツッコミが、雄二がここにいれば……! 【譲】 「教えてほしい?」 【明】 「はい」 【譲】 「何故にWHY?」 【明】 「語彙が重複していますよ」 【譲】 「あ、うん。おじさん気が付かなかったなぁ」 【明】 「正しくはお兄さんかと」 俺が悪かった。もう真面目にしよう。 【譲】 「そ、そうだね。で、なんで教えてほしいの?」 【明】 「その前に、私を見てどう思いますか?」 氷上は表情は変えずに両手を広げた。 【譲】 「んー、スタイル良いね」 【明】 「……そういう事ではなくてですね。印象です」 氷上は微塵も動じずに返答した。褒めたつもりだったんだけど全く意にも介していないみたいだ。ちょっとショック。気持ち悪いと思われるよりはいいか。 【譲】 「なんだろう」 【明】 「表情が乏しいんです」 敢えて明言を避けていたんだけど、本人が言ってくれた。さすがに面と向かって、あなた無表情ですねとは言えない。傷つけてしまいそうだし。 【譲】 「んー、そうかも」 【明】 「……それで、周囲の人たちにも不快な思いをさせてしまっています」 【譲】 「そうかな。俺は気にした事ないけど」 それは嘘だ。事実、氷上に話しかけた事はない。拒絶されてしまいそうな気がしたからだ。 //□立ち絵 明 微真剣 フェード=0.2 【明】 「私、笑いたいんです。出来るなら笑わせたい」 【譲】 「笑えない、って事?」 【明】 「はい。病気とかじゃないみたいですけど、感情の起伏があまりないらしくて」 【明】 「お願いします。笑い方を、笑わせ方を教えてください。出来るだけ早く」 腰を曲げて、頭を下げる。その仕草に慌ててしまった。まさかここまでされると思わなかったからだ。  【譲】 「ちょ、頭あげて!」 【明】 「教えて頂けるのですか?」 氷上は顔だけを上げて上目づかいで俺に視線を送る。その仕草に何故だか少しドキっとした。 【譲】 「俺じゃなきゃダメなの? ほかに」 【明】 「壇君じゃないとだめです。檀君程、自然に笑って、皆を笑わせている人はいません」 やっぱり今まで感じていたのは氷上の視線だったんだ、という考えが浮かぶ。俺のことを観察していたのだろう。 あまりいい気はしないけど、それだけ必死だったのかもしれない。ストーカーはやめて欲しいけど。   氷上は相も変わらず無表情だったけど、目を真っ直ぐ見つめるとなんとなく一生懸命さが伝わって来た。 【譲】 「笑いの事なんて教えた事ないし、俺素人だよ?」 【明】 「構いません」 【譲】 「あー、もう、わかった。そこまで一生懸命に頼まれたら断れないよ」 //□立ち絵 明制服 微驚 フェード=0.2  【明】 「本当ですか!?」 氷上は声を僅かに荒げて俺の両肩をつかんで来た。 【譲】 「本当だから離してっ!」 【明】 「すみません。自分でも驚くほど感情的になってしまって」 感情的という割にはささやかなくらいだった気がするけれど、氷上にとっては違うみたいだ。   氷上は俺の肩から手を放すと再び身なりを整え、落とした鞄を拾う。 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「それでは連絡先を交換いたしましょう」 【譲】 「え? あ、うん」 さっきまでとは打って変わって淡泊だ。携帯電話を取り出すと赤外線通信でお互いの連絡先を交換する。 【明】 「それでは、今日はこの辺で。また明日」 【譲】 「え、ああ。また明日」 何事も無かったように帰路に着く氷上の後ろ姿を呆然と見送る。 【譲】 (一体なんだったんだ?) //シーン3 //■背景 公園 フェード=1 //♪BGM 日常  暑い。暑くてたまらない。しかし我慢しなければならない。 だらだら流れる汗をうざったく感じながら制服の袖で拭う。ミンミンゼミの泣き声が暑さを増長させている気さえし出す。 【譲】 「あっつ……」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「師匠。大丈夫ですか?」 【譲】 「ああ。大丈夫。それと師匠はやめて。あと敬語もやめて。出来れば顔を覗き込むのもやめて」 俺の言葉を受けて、氷上は離れた。ベンチで隣り合って座っているせいで距離が近い。それも余計に俺の体温を上げているような気がする。 【明】 「しかし、師匠は師匠ですし」 【譲】 「なら、言う事を聞いてくれ」 【明】 「わかりました。では壇君と」 【譲】 「譲でいいよ。あと、敬語」 【明】 「……わかったです」 【譲】 「どんだけ敬語が染みついていらっしゃるんですか!」 //□立ち絵 明制服 微哀 フェード=0.2 【明】 「すみ……ごめんなさい。その、慣れていなくて」 【譲】 「まあ、追々慣れてくれればいいけど。クラスメイトに敬語はダメだよ。溝が出来るし、とっつきにくくなるから」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「なるほど。しばしお待ちを」 鞄をごそごそし出したと思ったらメモ帳を出してきた。どんだけ熱心なんだろう。 【譲】 「……タメ口だと親しみが出るからね。ぶっきらぼうなのはダメだけど」 【明】 「わかりました」 【譲】 「タメ口」 【明】 「わ、わかったわ」 少し変なしゃべり方だけど、そのうち慣れるだろう。俺は偉そうに頷いた。 【譲】 「よろしい」 【明】 「それで、どうしてここなの?」 公園内には誰もいない。ここの周辺には住宅街がないから利用者も少ない。 【譲】 「ごめん。暑いかな?」 【明】 「いえ。暑いのは大丈夫だから。でもどうしてかな、って」 【譲】 「だって教室は他の奴らいるし、ファミレスは見知った奴に会うから」 【明】 「それはまずいの?」 【譲】 「男女でいたら付き合ってるとか噂が立つでしょ」 【明】 「そんなものかな?」 異性で仲良くしたら、すぐ付き合ってると思われるのは学生ではありがちな事だ。別に本当に付き合っているならいいけど、そうじゃないなら出来るだけ避けたい。 【譲】 「それに、話の内容がお笑いとは? だし。あんまり誰かに聞かれたくはないから」 【明】 「確かに、そうかもしれま……ないね」 【譲】 「ん。で? どんな事を教えればいいの?」 【明】 「笑いについて」 【譲】 「死ぬほど難しい事を平然と言うね」 //□立ち絵 明制服 微驚 フェード=0.2 【明】 「そうなの? いつも笑わせているのに」 【譲】 「内心必死なんだよ。バカしているように見えて、周りの表情とか見て色々やってんの。それに素人だから、計算してるわけじゃないし、常に面白いこと言ってるわけじゃないよ」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「思ったより大変みたいね」 【譲】 「クラスに一人はいるムードメーカーって奴は俺と同じように考えてると思うけどね」 【明】 「それにしては、いつも楽しそうに笑ってるよね?」 【譲】 「ん? まあ、実際楽しいし。自分が何かして、笑って貰うと嬉しいから」 【明】 「そうなんだ」 【譲】 「誰でも大なり小なりあると思うけど。氷上もだから笑わせたいんだろ?」 【明】 「そうなのかな」 【譲】 「そうだよ。じゃないと俺にあんなに必死に頼み込まないだろ」 //□立ち絵 明制服 微哀 フェード=0.2 【明】 「よくわからない」 しゅんと項垂れたような錯覚を覚えてしまった俺は、慌てて言葉を掛けた。 【譲】 「まあ、そのうちわかるようになるよ。じゃ、とりあえず始めようか」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「そうだね」 【譲】 「まずは俺の思う笑いの種類は三つある。一つは楽しさ、嬉しさからくる笑い。二つ目は意味のわからない笑いだ。三つ目はおかしさからくる笑い」 【明】 「えと、なんかよくわからないんだけど」 【譲】 「そうだな。掻い摘んで説明すると。友達と遊んだり、好きな人と一緒に居たりするだけで笑顔になるのが楽しさ、嬉しさからくる笑い」 【譲】 「自嘲気味に笑ったり、笑うしかない状態の笑いが二つ目の意味のわからない笑い」 【譲】 「で、何かしらのイレギュラー、アンバランスで滑稽に思ったりするのが三つ目のおかしさからくる笑いだね」 氷上は俺の言葉をそのまま書き連ねている。正直話しているだけで恥ずかしい。何を偉ぶった態度で自慢げに話しているんだと、誰かツッコんでくれ。 【明】 「つまり、三つ目の笑いが譲がいつもやっている笑いなのね」 不意に名前を言われてどぎまぎした。自分で言った事なのに、突然すぎて反応できなかった。いや、しなくてよかったんだろうけど。 【譲】 「そ、そうだな。まあ、俺も本職じゃないから滅多な事は言えないけど」 【明】 「例が無いと理解しにくいね」 【譲】 「俺もどういうのが面白い、とかはその場で考えているから例は難しいな。それにすぐにそういうのが浮かぶんならプロになれるでしょ」 【明】 「そうね。生まれたての小鹿の真似とかね」 今日の俺のダイジェストである。 【譲】 「蒸し返しちゃダメ。真面目に話しちゃダメ」 【明】 「皆、爆笑していたね。思っていたよりリアルだった」 【譲】 「三か月前に研究したからね。うん。言わすな」 【明】 「なんで三か月前?」 【譲】 「放送してすぐだと、皆わかるでしょ。それじゃ、あんまり面白くないし。忘れそうな頃にやる位の方が面白いから。あー、わかる! って思ったら余計に面白く感じるから」 【明】 「そうなの?」 【譲】 「一概には言えないけどね。とにかくこの話しは終わり」 【明】 「面白いとは思ったけど、笑えなかったな」 【譲】 「よし。続きます。そうか、残念だ。膝がぐらぐらするまで頑張ったのに」 【明】 「皆笑ってたのに」 【譲】 「笑いのツボは人それぞれだから。気にし過ぎない方がいいよ」 //□立ち絵 明制服 微哀 フェード=0.2 【明】 「そうね……」 とはいえ、気が沈んでしまうのは仕方がないかもしれない。ひょっとしたら自分だけのけ者にされているように感じたかもしれないし。 どうすればいいんだろう。 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2  【明】 「実は、譲の事をここ数週間ずっと見てたんだけど」 【譲】 「そ、そうなんか」 【明】 「一度も笑えなかったわ」 【譲】 「それはそれでへこむな……」 【明】 「ごめんなさい」 【譲】 「いや、氷上のせいじゃないよ」 【明】 「明でいいよ」 女子の名前を呼び捨てにするのは少しばかり、いやかなり勇気がいるんですが、そこらへん氷上さんはわかっていらっしゃるんでしょうかね?   額から流れる汗の原因は暑さだけじゃない。変な緊張感を持ってしまったからだ。対する氷上は涼しい顔をしているけど。 【譲】 「じゃあ、あ、秋田」 【明】 「明よ」 【譲】 「明」 【明】 「うん」 【譲】 「と、とにかく今日はここまでにしようか。日も落ちて来たし」 【明】 「そうね……。それじゃまた明日」 【譲】 「うん。また明日」 それから毎日、明とのお笑いレッスン(?)は続いた。 //□立ち絵 明制服 消去 フェード=0.2 //シーン4 //■背景 公園 夕方 フェード=1 //♪BGM 日常 殺人的な暑さの中で俺はどうして毎日のように公園へ足を運んでいるんだろうか。 ここにいるだけで、何もしなくても汗がだくだく流れる。熱中症にならないでいられるのは、俺の体が頑丈だからなのか。 【譲】 「はい。えー、今日は顔芸を教えます」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「顔芸?」 明は首をこてんと傾げ答える。無表情でなければ抜群に可愛いに違いないのに。なんて惜しい逸材なんだろうか。 俺はそんな心情をおくびにも出さず仁王立ちで仰々しく頷く。 【譲】 「そうだ。いないいないばあから始まる、笑いの初歩の初歩。さらに最も密接な笑いのコミュニケーションだ」 【明】 「なるほど。顔がにやけているのはもうすでに実践してくれているということ?」 にやついていただと? まさか。明の仕草がちょっとばかし可愛かったとか思ってしまったから、表情筋が緩んでしまったなんて事は一切無い。 【譲】 「よく気づいたな。さすがだ明」 【明】 「それほどでもない」 【譲】 「切り返しも上々だ。前回教えた『過剰な自信と柔軟な切り替えし』は体得できているな。その調子で励むように。では実践だ」 【明】 「えと、どうすれば?」 【譲】 「こうだ!」 両手を使い自分の顔を思いっきり歪ませる。小さく、はぁぁ、と絞り出すような声を漏らすというおまけ付きだ。 一気に第三形態まで披露してしまった。ちなみに第一は口だけ、第二は手を使わずに表情筋だけで、第三はすべてを駆使し最上の変顔をするという、どうでもいいものだ。 【明】 「ふぉう?」 明も負けじと両手を使い変顔を作る。が、元が整っている上に表情が硬いせいでむしろ可愛さが強調されてしまっていた。 じれったく感じた俺は明の顔をむにゅっと両手で挟む。 【譲】 「こうだ!」 //□立ち絵 明制服 微照 フェード=0.2 【明】 「ひゃるほろ」 目は笑っていないけど、俺のおかげでややひょうきんな顔立ちになっている。 俺は満足げに頷くと、明と視線が絡んだ。熱心になりすぎて、距離が近づいた事に気が付かなかった。 気まずそうに視線をそらすと、やんわりと両手を放す。思い出したように鼓動が早くなる。 【譲】 「そ、それでいい」 【明】 「普段あんまり顔を触らないから、変な感じがするね」 明はしれっとしているけど、俺は内心混乱していた。というより、ドキドキしてしまっていた。明は表情に乏しいけど、かなりの美人だ。 直視するのは危険だという事に今に至って気が付いた。俺の中にいる中二病患者がその能力を直死の魔眼と名付けた瞬間だった。 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【譲】 「今まで、笑いについて色々やって来たけど、どうだった?」 【明】 「正直に言うと、全部実感が湧かないかな。その、ごめんなさい」 【譲】 「いや、そうか」 【明】 「でも、変顔? は、なんとなくわかったかも」 【譲】 「お? 笑えた?」 【明】 「ううん。全く」 【譲】 「おいぃぃ!?」 【明】 「でも、笑わそうとする感じはしたかな。笑えないけど、面白いかも」 ふむ、と顎に手を添えて考える。今まで、笑いの授業と称して色々教えてきたけど、明はくすりともしていなかった。 しかし、今初めて面白い、という言葉が聞けたのは、ひょっとしたら笑わす事で笑えるタイプなのかもしれない。その時に一つのアイデアが浮かんだ。 【譲】 「なあ、笑いたい方に重点を置いて今までやってきたけど、方針が間違っていたかも」 【明】 「どういうこと?」 【譲】 「明は笑わす事に重点を置いてやるべきなんじゃないか?」 【明】 「笑わす事に?」 【譲】 「最初に笑いたいし、出来れば笑わせたいって言ってたよね?」 【明】 「ええ」 【譲】 「ってことで、文化祭にこんなのがあります」 鞄からプリントを取り出し明に差し出す。 【明】 「アニマル喫茶。文化祭でここまでするのね」 【譲】 「え? まじで? 猫は、猫は出るの出ないの!?」 【明】 「動物のコスプレをするだけみたいだけど」 【譲】 「本物じゃないのかよ! じゃなくて、その下の方。でかでかと書かれてるでしょ」 【明】 「えと、お笑いコンテスト?」 【譲】 「それそれ」 【明】 「えと、応募資格はコンビかトリオで漫才かコントをする。審査員の点数が多い方が勝者のトーナメント式。優勝者はキングオブコメディの名誉を与えます。それだけ」 明が読み上げたのは文面そのままだ。出場者を募る気があるのか問い詰めたい気分だが、今回ばかりはそれが助かる。 【譲】 「ちなみに前回は俺と雄二で優勝だった」 //□立ち絵 明制服 微驚 フェード=0.2 【明】 「そ、そうなんだ」 【譲】 「ああ、明は途中で転校してきたから知らなかっただろうけど」 明は二年の初めに転校してきた。かなり中途半端な時に転校してきたので皆に色々聞かれていたが、うまく答えられなかったみたいで、その内周りに人が寄り付かなくなってしまっていた。   実際話すまで俺もその一人だったわけだけど、話してみると明はいい子なのがわかる。 俺の話にはいつも一生懸命だし、態度も真面目だ。話も結構面白い。見た目も綺麗。あとは表情さえできれば完璧なのに。 //□立ち絵 明制服 微哀 フェード=0.2 【明】 「そう、だね」 沈んだ声を漏らした。多分、転校生だという事で一抹の寂しさを感じてしまっているんだろう。 【譲】 「まあ、これからだ。だからコンビで出ようよ」 //□立ち絵 明制服 微驚 フェード=0.2 【明】 「譲とあたしで?」 【譲】 「うん、そう」 俺は満面の笑みで頷く。しかし、明は表情を固まらせたまま微動だにしなくなった。 いや、そもそも表情が変わらないんだけど、この二週間で僅かに明の感情を感じ取る事が出来るようになったのだが。今の明は間違いなくちょっとテンパっているときの表情だ。 【明】 「譲と氷上明で?」 【譲】 「うん。言い直しても間違いなく明と俺でやろうって言ったんだよ」 【明】 「マジで?」 普段使わない言葉づかいに思わず噴きそうになる。多分凄い混乱してるんだろうけど。 ちょっとどころではなく、かなりテンパっているみたいだ。もしくはテッパっている。 【譲】 「マジで」 【明】 「……マ」 【譲】 「マジでマジ。本気と書いて」 【明】 「マジ……」 【譲】 「うん」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 //□立ち絵 明制服 微真剣 ウェイト=1 フェード=0.2 【明】 「や、やる」 【譲】 「うお、マジか!?」 一日くらいは悩むと思っていたので驚いてしまった。存外、思い切りの良いみたいで少し感心した。 【明】 「マ、マジよ!」 【譲】 「よし。文化祭まであと丁度一か月だから、ネタ考えて練習だな」 【明】 「や、やるよ!」 【譲】 「おう!」 こうして俺と明のコンビが結成された。はっきり言って不安しかないけど、 //□立ち絵 明制服 消去 フェード=0.2 //シーン5 //■背景 教室2−A //♪BGM 日常 目下の問題はネタ作りだ。明は全く経験がないし、俺も豊富という訳ではない。 コントのような演技力が必要なものは練習期間が一か月しかないので難しいだろう。だとすると漫才が主になるんだけど、俺がボケで明がツッコミが妥当だろうか。   それに問題はもう一つある。文化祭当日まで練習しなければならないし、当日もリハを入念にしておきたい。 つまりクラスの連中に俺と明がお笑いコンテストに出る、と明言しなければならないわけだ。そうなると色々面倒なことになりそうなんだけど。 //□立ち絵 雄二 普 フェード=0.2 【雄二】 「えー、じゃあ文化祭に向けてグループ分けします」 雄二が偉そうに話し出した。生意気にも文化祭の実行委員なんてものをしている悪友の顔をぼんやりと見つめた。今は、文化祭に向けての準備期間に入っている。そのためのグループ分けだ。 【雄二】 「当日は三交代制で行こうと思います。事前に聞いた、当日参加できない人は除外してます。ん? なんだ、譲」 肩口から上に向けてまっすぐ手を伸ばし、挙手をする。流麗な所作にクラス全員の視線が俺に注がれた。 【譲】 「あ、それなんだけど。俺も当日参加出来そうにない。というか準備もちょっと難しいかも」 【雄二】 「んだよ。あ、お前もしかしてお笑いコンテストに出るの?」 【譲】 「さすが雄二。阿吽の呼吸だ」 【雄二】 「うん、気持ち悪い。で? 誰と出るんだ?」 雄二が何を血迷ったか実行委員になると言ったので、今年は参加しないつもりだったんだけど。 まあ、言わなくてはならないだろう。俺の相方がだれか。 【譲】 「氷上」 //□立ち絵 雄二 驚 フェード=0.2 【雄二】 「ヒカミ?」 【譲】 「だから、そこにいる氷上明とコンビ組むから、二人とも手伝えないって」 【みんな】 「なんだってーーー!?」 教室にいる全員がほぼ同時に同じような事を叫んだ。驚きすぎだろう。というか、担任まで同じようなリアクションすんなよな。  //□立ち絵 雄二 驚 汗 フェード=0.2 【雄二】 「何故にWHY?」 【譲】 「その言い方はやめろ。やめてくれ。俺の過去が汚される」 【雄二】 「えと、マジで?」 【譲】 「マジだ」 【雄二】 「えと、マジで?」 【明】 「マジ……よ」 あ、今敬語使いそうになったな。 教室がざわつき出す。俺と明という組み合わせは珍しいからだろう。 事前に明には話していたんだけど、注目の的になってしまって緊張したのか肩がぷるぷる震えてしまっている。 //□立ち絵 雄二 普 フェード=0.2   【雄二】 「まあ、そういう事なら別にいいんじゃね?」 【譲】 「さすが雄二。じゃあ、すまんがそういう事で」 【雄二】 「了解。じゃあ、お前らもいない体でやっていくわ」 【譲】 「頼む」 俺と雄二の間に合意が成されるとクラスの皆も納得してくれたみたいだ。ここで批判の声が上がらないのはさすがと言わざるを得ない。みんないい奴なんだ。 内心胸を撫で下ろしている俺とは違って、明は俯いたままだった。 //シーン6 //■背景 明の自室 フェード=1 //□立ち絵 明私服 フェード=0.2 //♪BGM 日常 【譲】 「そわそわ」 【明】 「何それ?」 【譲】 「いや、女子の家に来るなんて初めてだったから、今の感情を表現してみた。言葉で」 【明】 「そ、そう。別に緊張しなくても」 【譲】 「だよねー」 製作から一週間でようやくネタが出来たので練習しようという事になったんだけど、場所に困った。 漫才のネタを練習するとなると外では出来ないし、学校では誰かに見られるかもしれないから、と明がいやがったからだ。さてどうしようというところで、家に来ないかという明の鶴の一声が上がった。 クラスメイトの、しかも女子の家にお邪魔するのはどうかとも思ったけど、結局は他にいい案が浮かばなかったために今こうしてお呼ばれしたというわけだ。 明の部屋は想像とは違い可愛らしい印象を受けた。質素できれいな部屋なのかな、と思っていたんだけど、実際はぬいぐるみやらパステル調の装飾品やらで埋め尽くされている。 しかもいい匂いがする。そのギャップにどぎまぎしてしまった。 それに……女子の私服姿って凄い破壊力だよな。 【明】 「じゃあ、早速始める?」 【譲】 「そ、そうだね。台本見ながらやろうか」 そう言って持ってきた台本を手渡しする。コンビ名はlaugh and rough。らふアンドラフ。適当に笑うって感じでつけた。命名も結構適当な感じだ。明はかなり気に入ってくれている。 【譲】 「はいどうも。らふアンドラフのらふです」 【明】 「らふアンドラフのラフです」 【譲・明】 「二人合わせてらふアンドラフです」 【明】 「うん、待て。一ついい?」 【譲】 「え? どうしたん? そんな射殺すような視線を俺に向けて? さながら?」 【明】 「あ、違う。三つに増えたなー」 【譲】 「んっふっふ。そんな取っ掛かりで俺の心は折れないよ」 【明】 「意味が分かんないから。それより、私達の名前、同じじゃん」 【譲】 「は? 違うよ。よく見てよ。俺ひらがな、君カタカナ」 ここで舞台上のコンビ名が書かれたフリップを指さす。飽くまでふりだ。 【明】 「こ・う・と・う!」 【譲】 「ああ、口頭で言うなって事ね。はいはいごめんなさいね」 【明】 「雑! もっと構って!」 【譲】 「んっふっふ。困ったちゃんだね、君は」 【明】 「……ね、ねえ」 【譲】 「っと、なんだ? 素に戻って」 //□立ち絵 明私服 微驚 フェード=0.2 【明】 「こんなんでいいの?」 【譲】 「最初だからこんなもんでしょ。一回最後まで通したいんだけど、なんか気になった?」 【明】 「あ、ううん」 正直テンポは悪いし、お互い声が張れていない。まあ、人の家だから遠慮してしまうってのがあるんだけど、明は単純に大きな声が出せないんだろう。 ネタの仕上がりは悪くはないと思う。素人レベルではあるけど。 【譲】 「じゃ、続けていいか?」 【明】 「そ、そうね」 何やらまだ言いたそうにしていたけど、思い直したのか再びネタを始める。こうして俺達の練習は放課後に行う事が習慣となった。 //□立ち絵 明私服 消去 フェード=0.2 //▲ブラック フェード=0.2 ………………………………。 ……………………。 …………。 //■背景 明の自室 フェード=1 //□立ち絵 明私服 普 フェード=0.2 今日も今日とて、練習を自宅で行っていた。 【譲】 「テンポを気にしてやろう」 【明】 「言葉が被るくらいに?」 【譲】 「部分的にはそれの方がいいかもね」 //□立ち絵 明私服 微真剣 フェード=0.2 【明】 「わかった」 【譲】 「じゃあ、続きをやろうか。さっきのところからね」 【明】 「了解」 【譲】 「いやあ、ほんとおばちゃんパワーはすごいですね」 //□立ち絵 明私服 普 フェード=0.2 【明】 「順番待ちを嫌いますねー。贅肉がものを言うんでしょうかねー」 【譲】 「おばちゃんイコール太っているというイメージやめてあげて」 【譲】 「おばちゃんと言えば、先日こ」 【明】 「んなあほな」 【譲】 「…………」 【明】 「…………早すぎたね」 【譲】 「ある意味正解かもしれない」 //□立ち絵 明私服 消去 フェード=0.2 //シーン7 //■背景 通学路 フェード=1 //□立ち絵 明制服 微驚 フェード=0.2 //♪BGM 日常 文化祭前日の放課後。通学路で突然、明が興奮した様子で口火を切った。 【明】 「最近、みんなに話しかけられるんだけど。ドッキリ?」 【譲】 「そこは素直に喜んでおけよ」 【明】 「譲とコンビ組むって事になってから周りが変わっていく。ドッキリ?」 【譲】 「明も変わっただろう。あと、ドッキリ言い過ぎ。言いたいだけだろ」 //□立ち絵 明制服 微喜 フェード=0.2 【明】 「ばれたか」 出会った当初から変わらない無表情。だけど少しだけ微笑んだ気がした。そう思うと顔が熱くなるのを感じてしまう。 //□立ち絵 明制服 微真剣 フェード=0.2 【明】 「譲は」 【譲】 「ん?」 【明】 「譲はなんで私を助けてくれるの?」 【譲】 「なんでって明が言ったから、かな」 【明】 「私が言ったから?」 【譲】 「笑いたいし笑わせたいって言ったから。真剣に頼まれたら断れないでしょ」 【明】 「誰でも?」 【譲】 「本気だって思えば、そうかな」 //□立ち絵 明制服 微哀 フェード=0.2 【明】 「……残念」 明はぼそっと呟いた。しかし俺は聞き取れずに聞き返す。 【譲】 「え?」 //□立ち絵 明制服 微怒 フェード=0.2 【明】 「なんでもない」 【譲】 「そっか」 なんとなく唇を尖らせているように見える。何か怒らせるような事を言ってしまったのかな。 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「明日だね。文化祭」 【譲】 「うん」 【明】 「緊張する」 【譲】 「おいおい。まだ前日だぞ」 【明】 「内臓飛び出そう」 【譲】 「グロイ! せめて心臓にして! ニュアンスって大事ですね!」 //□立ち絵 明制服 微真剣 フェード=0.2 【明】 「頑張ろうね」 【譲】 「おう」 //□立ち絵 明制服 消去 フェード=0.2 //▲ブラック フェード=1 その後いつも通りに明の家に行き、前日という事でそこそこ練習をして帰路についた。最初とは違ってスムーズに出来るようになったし、この分なら当日は大丈夫そうだろう。 //■背景 通学路 夕方 フェード=1 【譲】 「明日で終わりか」 明は変わった。今では友人らしき女子も出来てきたし、表情は硬いけれど会話も円滑に出来ている。明本人は笑わないけど、話し相手は笑っているところは何度も目にした。 後は本人が笑えるようになるだけだ。そう考えると寂しい気持ちが頭を出す。たった二か月の付き合い。長いようで短い。月並みな言い方だけど凄く楽しかった。 その日々が終わろうとしている。文化祭が終わっても別にどちらかがいなくなるわけではないのに。 漫然と過去を思い出すと不意に一つの考えが頭に浮かぶ。その事実にくすぐったさと恥ずかしさを感じてしまい、その場でうずくまってしまった。   頭をガシガシと掻き毟り、何の意味もない声を張り上げたくなった。いや、実際には何も叫んでいない。 うずくまっているだけで通行人の奇異の視線を集めてしまっているのに、奇行に及んでしまっては通報されかねないぞ、と思い止まったからだ。割と本気で。 【譲】 「考えるのはやめよう」 //♪SE 走る足音 小さくため息を漏らしながら再び足を動かす。いつもはゆっくりと歩いて帰るのが日課なのに、今日は何故だか走って帰った。  //シーン8 //■背景 舞台袖 フェード=1 //□立ち絵 明制服 微真剣 汗 フェード=0.2 //♪BGM 文化祭 文化祭当日。HRを終え、既に俺と明は舞台袖に待機していた。 まばらな拍手と、僅かな歓声が耳まで届くと心臓が一鳴りした。どうやら参加者の出番が終わったらしい。 俺達の出番は次の次。時間は五分と限られている。普段の五分と舞台上での五分は全く違う。緊張の度合いが違いすぎるせいで時間の感覚が狂う。だからこそ、気を張り詰めすぎないことが重要だ。 【明】 「ひ、人。人を書いて……」 重要なのだが、俺の相方はプレッシャーが針を振り切っている状態だった。勿論俺も緊張しているが、二回目という事で幾分かましだった。 明はこういう場に慣れていないだろうし、落ち着けというのも無理な話だ。クラスの皆から応援しているという言葉を貰ったんだけど、明にとってはそれもプレッシャーになってしまったみたいだ。 【譲】 「大丈夫か?」 //□立ち絵 明制服 微驚 汗 フェード=0.2 【明】 「ダイジョウブ」 明は感情が表に出ないが内面は繊細だと思う。現に今も手を小刻みに震わせて、必死に掌に人という字を書いては飲み、を繰り返している。 緊張のほぐし方が古い、とツッコミたい衝動に駆られてしまいそうになる。 【譲】 「セリフは覚えてるよね?」 【明】 「大丈夫、大丈夫、だいじょう」 【譲】 「お、おい」 半ばパニック寸前の明が心配になってきた俺は、顔を覗いた。明の瞳はなぜか潤んでいる。 俺が二の句を告げようとした時、再びまばらな拍手が聞こえた。前の参加者がこちらに向かってくる。まずい、もう俺たちの出番だ。 【譲】 「行くぞ」 【明】 「え、え? もう?」 俺達の横を前の参加者が通り過ぎる。表情は暗かった。ひょっとしたら失敗したのかもしれない。会場の温度が温まっていないという事だろう。   【ナレーション】 「次はらふアンドラフのお二人です。張り切ってどうぞ」 //□立ち絵 明制服 消去 フェード=0.2 //♪SE 走る音×2 //■イベント 舞台上漫才 明放心状態 フェード=1 戸惑っている明の腕を引っ張り舞台上に飛び出る。ここまで来てしまったら後には引きない。明の気持ちが落ち着くのを待つ時間もない。俺は意を決して舞台中央のマイクまで向かう。 //♪SE まばらな拍手 //♪BGM なし フェード=0.5 【譲】 「はい、どうも。らふアンドラフのらふです」 出だしは好調。声も張れている。この調子なら最後まで問題なくいけそうだ。 しかしその後の言葉が聞こえない。正面を向いたまま、横目で明の方を見ると無表情のまま立ち尽くしている。 【譲】 (セリフが飛んだのか!?) わずか数秒とはいえ異常を察知した観客がざわつき出す。このままじゃまずい。 【譲】 「えー、どうもね。相方が活動限界みたいなんですよ」 苦し紛れで言葉を繋げる。笑顔でいるのがやっとだ。 【譲】 「見てわかるとおり、ロボットなんですね。単三電池じゃなくアルカリにしとけばよかったですねー」 【譲】 「あ、でも電池を回転させると電力が少し回復するんですねー。回してみましょう」 観客は無言だ。笑いの一つも聞こえない。 この数秒で背中が汗でびっしょりだ。逃げ出したいという思いがむくむくと増長する。 俺は明の後ろに行き、背中を触った。 //■イベント 舞台上漫才 明驚く  //♪BGM 文化祭 フェード=0.5  【明】 「きゃっ! ちょ、ちょっと」 明は慌てて振り向いた。今までで一番大きな声だった。相当驚いたんだろうけど、謝っている暇はない。 【譲】 「お、動いた、動いた」 【譲】 「でも相変わらずの表情ですねー。ロボットなのに緊張しているんですかねー」 //■イベント 舞台上漫才 明口笛 【明】 「き、緊張!? シテナイヨー」 【譲】 「誤魔化した! あざとい! ロボットあざとい!」 //■イベント 舞台上漫才 明したり顔 【明】 「by the way」 明がしたり顔で一言。 【譲】 「それはさておき」 俺も同じような表情でテンポよく話す。 ここでようやく小さな笑い声が聞こえた。 //■イベント 舞台上漫才 明微笑 【明】 「お客さん多いですねー」 【譲】 「うん。空席目立ってるけどね」 【明】 「サクラ呼んでおけよって感じですね」 【譲】 「毒舌ぅ」 体をくねくねしながら裏声で言う。 //■イベント 舞台上漫才 明ジト目 【明】 「……きもっ」 【譲】 「辛辣ぅ」 //■イベント 舞台上漫才 明したり顔 【明】 「perhaps」 【譲】 「ひょっとして」 俺は気持ち悪い状態から一変して真面目な表情だ。明も緊張がほぐれてきたのか何となくノリノリだ。 さっきよりも多い笑い声が聞こえる。反応は悪くない。   //■イベント 舞台上漫才 微笑 【明】 「これなの?」 明は右手の甲を左頬に添える。いわゆるおかまちゃんのポーズだ。 【譲】 「君は一々行動が古臭いね」 【明】 「古風だっしょ?」 【譲】 「だっしょで全てを台無しにしたね」 【明】 「いやそもそも、文化祭なんだからさ、ちょっと年齢層上がる事言わないとね」 【譲】 「来場者の方に媚びて」 //■イベント 舞台上漫才 微驚き 【明】 「媚びてないよ! ほんとだよ!」 【譲】 「あー、うん。とりあえず最後まで言わせてね。怒髪天衝くよ?」 //■イベント 舞台上漫才 微笑 【明】 「怒髪天って会話で初めて聞いたわ」 【譲】 「平凡な、俺が、出来るだけ、印象深い事を、言おうとしたのにっ!」 咽びかえりながらも必死で喋る。 //■イベント 舞台上漫才 明慰め 【明】 「あ、うん。なんかごめんね。生きるのに必死だったんだね」 【譲】 「生まれてきてごめんなさい」 【明】 「どこまでへこむのよ。そんなこと無いよ! 生きていい! 生きろ!」 【譲】 「さっき背中触った時、実は喜んでました」 思わずアドリブを入れる。明が対応できるか不安だったけど、今の明ならきっと大丈夫だろう。 //■イベント 舞台上漫才 明怒り 【明】 「死ね! 死ぬべき!」 【譲】 「どっち!? 生きていいの? 死ぬべきなの?」 //■イベント 舞台上漫才 明したり顔 【明】 「Dead or Alive」 【譲】 「生か死か」 【明】 「ま、どうでもいいんですけどね」 【譲】 「いいんだ」 //■イベント 舞台上漫才 面倒くさそうな顔 【明】 「ってかさぁ、文化祭とかぁ、まじどうでもいいしぃ」 明はくちゃくちゃとガムを噛んでいるような演技をし始める。 【譲】 「おっほ、うぜぇ」 【明】 「ってか準備とかまじめんどいしぃ、私達はつまらない漫才の練習していたからぁ、さぼったけど」 【譲】 「うんうん。クラスメイトに謝れ」 【明】 「でさぁ、みんな頑張れよ、応援してる、とか言っちゃってんのぉ、まじありえなくね?」 【譲】 「ははは、お前の人間性がありえないわ」 【明】 「プレッシャー感じるし、頑張らなきゃって気になんじゃん? 報いたいじゃん? まじありえないわぁ」 【譲】 「さっきの発言取り消すね!」 【明】 「ってか泣きそうだし今ぁ。まじありえねぇっつの」 【譲】 「会場半分の人たちがあなたに好意を抱きました。続けて」 //■イベント 舞台上漫才 明微笑 【明】 「そういえば」 打って変わって姿勢を正す。ここら辺からアドリブとネタをごちゃまぜだ。最初のアクシデントと時間の関係上ネタをそのままする事は出来ない。そこのところに明も気づいているからだろう。 【譲】 「あれれ? 続きは? いい話になりそうだったのに」 【明】 「飽きた」 【譲】 「うん、さながら小悪魔」 【明】 「あ、あたしラフって言います。よろしくね」 【譲】 「今更ながらの自己紹介! あ、ちょっと待って」 【明】 「なによ?」 【譲】 「今更ながらの自己紹介、ってすごい語呂よくない!? あ、テンションあがってきぃぃぃ!」 明が突然俺の尻を引っ叩き、思わず奇声をあげてしまう。パンッ、と小気味良い音が体育館中に響き渡る。どんだけ思いっきり叩いてんだ!  //■イベント 舞台上漫才 明微哀 【明】 「ひぅ……えっぐ……えーん」 【譲】 「泣きたいのは俺なんだけど!?」 【明】 「手が汚れた」 【譲】 「ちょ、俺? 俺のせいなの?」 【明】 「責任、とってくれるよね?」 【譲】 「わかった。結婚しよう」 //■イベント 舞台上漫才 明照れ 【明】 「え?」 【譲】 「え?」 【明】 「あ、えーと、その。まだ早いっていうか、その」 【譲】 「ちょっと、マジで照れないで! 恥ずかしいから!」 ヒューヒューとうざったい口笛が聞こえた。 【明】 「でも、子供は3人で、姉、兄、妹ね」 【譲】 「ははは、戦慄を覚えたわ」 //■イベント 舞台上漫才 明呆れ 【明】 「もういいわ」 事前に決めておいた終わりの合図だ。 【譲】 「こっちのセリフだよ!」 //■イベント 舞台上漫才 明笑顔 【譲・明】 「どうもありがとうございました!」 下げた頭に降り注ぐ歓声と拍手。腰を曲げた状態で横を見ると明と視線が合った。喜びと達成感で思わず笑みを浮かべると、明も目尻が下がった。 //シーン8 //■背景 通学路 夜 //□立ち絵 明制服 微哀 フェード=0.2 //♪BGM 日常 【譲】 「二位かー」 【明】 「最初のミスが響いたのかな」 俺と明の後に出た参加者は相当面白かった。かなり入念に練習をしてきたんだろう。ミスらしいミスもなく、その上ネタとしても面白かった。 そいつらが一位で俺達は二位。参加コンビ数は十組だからまずまずといった結果だろう。 【譲】 「いや、あれ自体はそんなに減点にならないだろ。本番の方が面白く出来たと思うし」 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「うん、そうだね。そうだよね」 【譲】 「おう」 今日で明とのコンビは解消だ。 いつのまにか一緒にいるのが当たり前で、帰りにはいつも明の家に寄るのが習慣だった。それが今日で終わる。 //□立ち絵 明制服 微笑 フェード=0.2 【明】 「譲、ありがとう」 【譲】 「なんだよ、いきなり」 【明】 「感謝してるから」 【譲】 「俺がしたくてしたんだから、気にしなくていいよ」 最初は頼まれたから、でも今は俺がそう望んでいる。 【明】 「ん」 //□立ち絵 明制服 微真剣 フェード=0.2 【明】 「譲」 【譲】 「なに?」 【明】 「……なんでもない」 【譲】 「そっか」 お互いに沈んだ表情を浮かべる。明も俺と同じように思っているのかもしれない。そう思うと嬉しかった。 //□立ち絵 明制服 普 フェード=0.2 【明】 「ここで」 【譲】 「そうか。じゃ、また明後日」 明日は振替休日だ。ここのところ色々あって疲れているから十分に休む事にしよう。 //□立ち絵 明制服 哀 フェード=0.2 【明】 「うん……。さようなら」 【譲】 「ああ、うん? じゃあ」 //□立ち絵 明制服 消去 フェード=0.2 明は手を小さく振ると立ち去っていった。 //シーン9 //■背景 自室 フェード=1 //♪BGM 日常 顔を顰めながら瞼を開ける。カーテンから指す日差しが顔に注いでいるせいで眩しい。今日は文化祭の振替休日だ。 緩慢な動きでベッドの棚にある目覚まし時計に目をやると11時を回っていた。休みとはいえ寝すぎたらしい。 俺は大きく欠伸をしながら。背筋を伸ばし固まった筋肉をほぐした。至るところからぺきぺきと音が鳴る。 【譲】 「ん? 着信か」 テーブルに放っておいた携帯電話が点滅している。誰かから着信があったみたいだ。 俺は二つ折りの携帯を開き操作した。どうやら雄二からみたいだ。 面倒くさいという思いもあったけど、後伸ばしにするのも悪い気がしてすぐに電話を掛ける。着うたのサビが終わりそうな頃に雄二が電話に出た。  【譲】 「雄二? 何の用?」 【雄二】 「お前、いまどこ?」 【譲】 「どこって、家」 【雄二】 「は? 何してんだよ!」 思わず電話口から耳を話す。それくらいの声量だった。いきなり怒鳴られて苛ついた。だけど俺は紳士出来るだけ平静を保つ。 【譲】 「うるっせえな。いきなり怒鳴るな。なんなんだよ」 【雄二】 「氷上の事、聞いてないのかよ」 【譲】 「明? 何の事?」 【雄二】 「今日氷上の引っ越しだろ。何も聞いていないのか?」 //♪BGM なし  聞き覚えのない言葉に押し黙ってしまう。明が引っ越し? そんな事何も言ってなかったぞ。 【譲】 「引っ越し? え? 何言ってんだ?」 【雄二】 「まじか……。昨日一斉送信で氷上からメール来たんだけど、お前には行ってないのか?」 【譲】 「来てないぞ!」 【雄二】 「そうか……。送り忘れたか、それともお前には言いにくかったのかもしれんな」 【譲】 「……明はどこにいるんだ!?」 【雄二】 「空港。急げ。あと三十分しかない」 俺は返事をする時間も惜しんで、寝間着から私服に着替える。財布と携帯をポケットに入れるとすぐさま玄関を飛び出した。 //■背景 通学路 昼 フェード=1 //♪BGM 空港へ //♪SE 走る足音 自転車はない。車を出してもらおうにも、今日は平日だから親父もいない。走るしかない。   空港まで徒歩で一時間程。走ればぎりぎり間に合う距離だ。   寝起きにいきなり走った事で体が驚いたのか、肺がいつもより痛みを伴っている気がする。朝食も食べていないし、飲み物も摂取していない。俺の体は思ったより準備ができていなかった。 //♪SE 走る足音 それでも走る。念のため、明の携帯に連絡したけど一向に出ない。出る気はないのか。 【譲】 「ふざけ、やがって」 ふざけてる。休みの日に必死こいて走って、喉がカラカラで、吐き気さえ出てきた。   言いにくかった? そんなの知らない。知りたくもない。気持ちがわからないわけでもない。今まで言いよどんでいた事もあったけど、恐らく引っ越しの事を言おうとしていたんだろう。 だからって何も言わずにいなくなるなんて許さない。そんなのいやだ。   俺の気持ちはまだ伝えてもいないのに。   //シーン10 //■背景 空港 フェード=1 //♪BGM 空港へ 喉がひりつくように痛む。荒い呼吸を繰り返しすぎて、肺が圧迫されている。それでも足を前へ進める。空港にようやくたどり着くとへたり込みそうになる。足が棒のようになって、うまく動かない。 空港内に入ると搭乗口が幾つもある事に愕然とした。どこなのかと辺りを見回すと、雄二がこちらに手を振って来ているのが見えた。 //□立ち絵 雄二 驚 フェード=0.2 慌てて足を踏み出そうとするも、足取りが覚束ない。俺の様子を見ると、雄二が走り寄って来て肩を貸してくれた。 【雄二】 「お前、走ってきたのか」 【譲】 「明……は?」 【雄二】 「後、二分だってさ。あそこ」 //□立ち絵 雄二 消去 フェード=0.2 //■背景 搭乗口前 フェード=1 //□立ち絵 明私服 哀 フェード=1 //♪BGM 喧騒の中で 搭乗口前にクラスの何人かと明が何やら話している。女子の一人が俺に気が付くと、明も俺に気が付いて気まずそうに視線を逸らした。 俺と雄二が明の前まで辿り着いた。眼前にいながらも全くこっちを見ない。  【雄二】 「ほいほい。俺達は離れていましょうね」 見送りの面々は雄二に導かれるまま遠くの椅子に座った。  【譲】 「お前、何で何も言わなかったんだよ」 【明】 「ごめん」 【譲】 「ごめんじゃわからない」 【明】 「……ごめん。言えなくて」 【譲】 「そうかい。どうせ俺なんてお前にとっちゃどうでもいい存在だったって事か」 そうじゃない。そんな事は思っていない。ただ寂しかっただけだ。 【明】 「違う! ……違う!」 【譲】 「もういいよ」  これ以上は不毛だ。時間もない。ここで言い争っていては短い時間で仲違いしたままになってしまう。そう思ったからこその言葉だったのに、明は違う解釈をしてしまったらしい。 //□立ち絵 明私服 泣 フェード=0.2 【明】 「よくないっ! わたし、わたしは!」 【譲】 「いいって。何で泣くんだよ」 泣いていた。感情を表面に出さない明が泣いていた。それだけで、もういいと思った。 例えもう会えなくなってしまったとしても、泣くほどの事だったのだと思えれば、それでいいと思った。いや違う。泣いて欲しくなかったのかもしれない。  俺がだだをこねて、俺の思いを告げてしまえば更に泣かせてしまうんじゃないかと思ってしまった。 それは逃げの口上なのだと、わかっていながらもそう考える事で俺は逃避していた。思いを告げる事から。 【明】 「わ、わたし、譲に感謝してる」 【譲】 「それは、もういいって」 【明】 「よ、よくない。全然よくないよ!」 【譲】 「お前、どうしたんだ……?」 明のいつもと違う状態に戸惑う。ここまで感情を昂らせているのは初めて見た。 【明】 「わかってないよ、譲は。わたしがどう思ってるのか」 【譲】 「どういう事だよ?」 【明】 「優しくされて、親身になってくれて、一緒にいて、一緒に悩んでくれて、助けてくれた。そんな風にされたら勘違いしちゃうよぉ」 【明】 「好きになっちゃうよぉ……」 泣きじゃくる明を前に呆然と立ち尽くす。明が何を言っているのか全く頭に入ってこなかった。 【明】 「好きな人と、大切な人と別れるってなって、引っ越すって言えなくて、悩んだんだよ……」 【明】 「ど、どうしたらいいかわからなくて……ぐすっ……結局いままで言えなかった」 【譲】 「もういい」 【明】 「転校するのは前から決まってた。だから最後にみんなと……もっと仲良くなりたいって思って。そう思って、譲に……でも、どんどん別れるのが辛くなって……」 【明】 「譲には、譲にだけは言えなかった……ううっ、ごめんなさい……わ、わたしは」 【譲】 「もういいから」 //■イベント 明を抱きしめる フェード=0.2 //♪BGM 喜びの中で 我慢出来なくて明を抱きしめた。華奢な体だ。力を籠めたら折れそうなくらいに。 明は小さく身じろぎし腕から逃れようとする。でもそれはふりだけだ。全く力がこもっていなかった。 【明】 「離して……」 【譲】 「いやだ」 【明】 「勘違いしちゃうよ」 【譲】 「いいよ」 //■イベント 明を抱きしめる 明驚き  【明】 「え?」 【譲】 「勘違いしていい。俺も……」 【譲】 「俺も明の事が好きだから」 後ろからキャーキャー喚いている声が聞こえるが気にしない。 //■イベント 明抱きしめる 明驚き 頬染め 【明】 「ほんと?」 【譲】 「本当だ」 【明】 「夢?」 【譲】 「んなわけない」 【明】 「どうして?」 【譲】 「どうしてって、見た目も可愛いし、性格も一生懸命で不器用で優しくて」 //■イベント 明抱きしめる 明照れ 頬染め 【明】 「うぅ、もうそのくらいで。恥ずかしくて死んじゃう」 【譲】 「ごめん」 抱きしめる力を強める。明も背中に手を回してお互いの鼓動が重なった。 暖かくて、柔らかい。シャンプーの香りが鼻孔をくすぐった。そのせいで更に心臓がうるさくなる。 //■イベント 明抱きしめる 明嬉しい 頬染め 【明】 「ドキドキしてる」 【譲】 「お互いにね」 【明】 「譲と出会ってから初めてだらけだ」 【譲】 「そか」 明の体ゆっくりと離れて行く。離れるのが名残惜しくて思わず手を伸ばしてしまった事に気が付くと誤魔化しながら手を戻した。 //■背景 空港搭乗口 フェード=1 //□立ち絵 明私服 喜び フェード=0.2 【明】 「時間だ」 【譲】 「そっか。着いたら連絡しろ」 【明】 「うん。って言ってもすぐだけど」 【譲】 「どこ?」 【明】 「北海道」 【譲】 「遠いな」 //□立ち絵 明私服 哀しい フェード=0.2 【明】 「遠いね……」 【譲】 「ま、バイトして金ためて行くよ」 //□立ち絵 明私服 驚き フェード=0.2 【明】 「ほんと?」 【譲】 「彼女のためなら」 //□立ち絵 明私服 喜び フェード=0.2 【明】 「じゃあ、わたしも彼氏のためにバイトする」 【譲】 「待ってる」 //□立ち絵 明私服 楽しい フェード=0.2 【明】 「うん……。じゃあ、行くね」 //□立ち絵 明私服 消去 フェード=0.2 別れ際はすんなり。いつもの事だ。 俺に背中を向けてすたすたと搭乗口に向かう。いつもなら立ち止まる事は決してないけれど、今日だけは違った。 //□立ち絵 明私服 照れ フェード=0.2 【明】 「大好きーーー!」 //□立ち絵 明私服 消去 フェード=0.2 振り返り大声で叫ぶと恥ずかしそうに顔を紅潮させて走り去って行った。   【譲】 「は、はずかしっ!」 再び後ろからキャーキャー聞こえるが気にしない。気にしてはならない。 俺は恥ずかしさのあまり顔から火を噴きそうになる。けれど表情はニヤニヤしてしまった。 嬉しいという思いが一気に押し寄せてくる。その原因はさっきの告白だけではない。 【譲】 「明が笑ってくれるなら」 最後に見せた満面の笑顔を記憶に刻みながらそう呟いた。 //■ブラック フェード=2 //エンディング