ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第五十六話「黒髪の少年」





 護衛のアニエスどころかカトレアにも遠慮して貰い、リシャールはアンリエッタと向かい合った。
「まずは表向きから」
「ええ」
 あの日、ニューカッスルの中庭で老王やウェールズと舌戦を交わしたときの事を、リシャールは口に乗せた。
 ニューカッスル陥落後も、王党派は『イーグル』および『イプスウィッチ』にて戦い続けることで、テューダー王家は滅びずと世に示すのだと語る。このあたりまでは、彼女もパリー卿から聞いているはずだった。
「トリステインへの亡命は開戦の狼煙になるし、ゲルマニアやガリアだと後が面倒だ。
 新しい『アルビオン王国』は、一国の統治下に置かれるよりも、三国に綱引きさせた方が付け入る隙が見いだせるとも、ジェームズ陛下は仰られていたよ」
「……そうね。
 それで、裏向きはどうなっているのかしら?」
「こちらはマザリーニ猊下にも、口外無用で頼むね。
 ……彼の命に関わるから」
「ええ、もちろん」
「うん。
 ……それでウェールズなんだけど、ニューカッスル陥落までは耐え抜いて、その後は『イーグル』に座乗してレコン・キスタと対峙し続ける……と言う予定。
 但し、『ウェールズ』は複数用意したよ」
「……複数?」
「『イーグル』に正副の二人、『イプスウィッチ』にも二人。
 他にもこっそり、トリステインとゲルマニアとガリアに送り込む算段が立ててある」
 実は既に送り込んでいるのだが、ニューカッスルが陥ちる前にそのことを口にするわけにもいかない。また、見せ札としての影武者も新たに用意させていた。
「そんなに?」
「姿替えの魔法を使っている影武者もいれば、その魔法を使っている振りをしている者もいると言う具合でね。
 ちなみにセルフィーユにも、探りを入れに来る誰かさんを引っかけるための影武者は用意するよう命じてあるよ。
 但し、本物の居場所は僕にも分からない」
 セルフィーユに潜む影武者は、王国空海軍第二艦隊こと旧王党派に紛れ込んでいた。それとなく艦長や士官らが気遣う、軍人ではないフードの男がそれである。元何某家の執事で年も四十頃と若くないのだが、懐にそれらしい魔法具を忍ばせていた。……本物は今頃、『ドラゴン・デュ・テーレ』にて大砲の手入れをしているか、部下達と街に繰り出してワインの一杯でも引っかけているだろうか。
「そんな……じゃあ、ウェールズ様は一体……」
「これが肝心なんだけど……アンリエッタ、君はウェールズの事、そして今後の行く末が知りたいと、僕を訪ねてきたよね?」
「ええ……」
「先月、レコン・キスタも似たような要件で訪ねてきたよ」
「!!」
「降伏勧告のついでだったみたいだけど、それはまあいいか。
 彼と僕の仲がいいのは隠しようのない事実だし、あの状況でニューカッスルまで往復したぐらいだからね」
「……」
「……どの国にも頼らず生き残りに全力を傾けるという策をジェームズ陛下にご提案したのは、間違いなく僕だ。
 でも、一番ウェールズの行方を知っていそうな僕が知らずに済む手でないと、上手く行かないと思わないかい?」
 誰も彼も、みんな僕の処へ聞きに来るんだと、リシャールは肩をすくめた。
「それから、もう一つ。
 本物のウェールズとは、もちろん落ち合う約束をしてある。
 場所はロンディニウム、時はアルビオン奪還後に開催される諸国会議、その三日目以降だよ。
 それまでに現れたら、偽物と言うことになるね。……奪還連合軍の結成直後とか、諸国会議の直前とか初日とか、危ないんじゃないかな?」
 如何にもという様子で現れそうな気もするのうと、あの日ジェームズ王は人の悪い笑みを浮かべていただろうか。『イーグル』と『イプスウィッチ』の撃破後ならかなりありそうな未来図だと、頷かざるを得ない。
 だがウェールズは会議を引っかき回すワイルドカードとして、トリステインが切れる最上の札ともなる。傀儡とはなり得ないが、少なくともその後の協調は期待できた。
「……ねえ、リシャール」
「うん?」
「もしも諸国会議が開かれなかったら、ウェールズ様はどうなさるのかしら?」
「その時は……僕がこの世にいない可能性の方が高い。
 だから、決めてないよ」
 リシャールは、『ゲルマニアに嫁いだ君は生き残っているかもしれないけど』とは、言わなかった。

『まだ何か隠していそうだけど、今日のところは許してあげます』
 不服も文句もあっただろうが、アンリエッタは艦隊を引き連れて国へと戻っていった。
 女の感と王たる器、果たしてどちらが彼女にそう言わせたのか。
 感謝祭の余韻は数日しても国中に残っていたが、新たにリシャールを悩ませる課題も発生していたから、彼女の心の内を推察するのは後ほどとしておく。

 執務室の応接机、そのリシャールの前で茶杯を手に嘆息するフレンツヒェンも、色々と思うところはある様子だった。
「これでは問題の起きない方がおかしいと私などには思えますが、トリステインも考えましたな」
「マザリーニ宰相らも絶対に譲れない一線、というところでしょうね……」
 ある意味替えの利く『戦力』という代金を天秤に載せたゲルマニアとは違い、トリステインは王太女アンリエッタを差し出す。
 大々的な公表はもう少し先になるが、トリステインとゲルマニアが結んだ軍事同盟には、厄介な未来図が付随していた。
 先日聞かされたところでは、アンリエッタは将来トリステインの『女王』にしてゲルマニア『皇妃』、アルブレヒト三世はゲルマニア皇帝にしてトリステイン女王の『王配』となる。
 これはガリアに対して用意した言い訳でもあるが、女王と皇帝が結婚したからと一方に権利が引き継がれて両国が同君連合になるわけではなく、それぞれが国を治める予定だった。
 ではその後はとなると、問題は棚上げされている。
 長子がゲルマニアを継ぐのかトリステインを継ぐのか、敬称順位は並立させるのか否か、あるいはテューダー家の扱いはどうなるのか……アンリエッタから手渡された資料には、全く記載されていない。条約の素案なら話は分かるが、締結された公文書の写しがこれでは意図的に抜いてあるとしか思えなかった。
 アンリエッタは輿入れするがトリステインまで預けたわけではないと、公言しているに等しい。
「ゲルマニアはこの条件、納得したのでしょうかねえ……。
 宰相はどう見ます?」
「ゲルマニア……いえ、皇帝の望みは、始祖の血を自家の血脈に入れること、これに尽きると思います。
 ですがその過程で支払うべき対価は極小に、得られる結果は最大にと考えているのは間違いないかと」
「ゲルマニアは、トリステインそのものは貰っても困る……のかな?」
「今の状況ならば、トリスタニアを除く半分ぐらいが自国領になるのは大歓迎、但しトリステイン王家まで引き受けるつもりはない、というあたりでしょう。
 大義名分が得られたとて、面倒が先に立つかと思います」
 婚姻を盾にトリステインを支配しようものなら叛乱は必至、何らかの理由や事態の推移があってアンリエッタやマザリーニがゲルマニアによる国家庇護を正式に求めた場合でも、ある程度の反発は避けられまい。義父などどう激発するか、わかったものではなかった。理と感情は、時に割り切れぬ何かを産むこともあった。
 またトリステイン王家そのものを取り込まないことにも、意味はある。トリステイン人からの突き上げをかわすと同時にガリアヘの牽制も図れた。
 始祖の血とレコン・キスタ滅亡後に得られる空中大陸の領土、ついでにトリステインの一部が得られれば、ゲルマニアとしては言うことなしだろう。……いまのところアンリエッタは同盟締結の代価であって、出戦の代価ではないのだ。
「逆にトリステイン……アンリエッタ殿下も、おそらくは不本意であられましょうな」
「ウェールズ皇太子生存の目はこちらで用意した物ですが、条約締結前には知らせていましたからね」
「負ければ地獄、勝っても詰み……いえ、ガリアの動向が不明瞭な今、対レコン・キスタ戦ではゲルマニア主力の奪還軍が組まれましょうから、下手をせずとも、戦後を決める会議ではトリステインの発言権が大幅に削られることも予想されます」
 トリステインの都合ばかりで世が動くわけではないかと、リシャールは溜息をついた。ましてや、亡国同然のアルビオンや小さなセルフィーユの都合など、どう扱われているか想像するまでもない。
 ゲルマニアの考える筋書きを整理してみれば、トリステインがレコン・キスタの一撃を受け止めたところで援軍を差し向け、トリステインの国土を回復後空中大陸に攻め上がるというところだ。それに付随してトリステインから礼金という名の領土割譲も期待したいし、ガリアを牽制しつつ空中大陸攻略の主戦力となってその後の覇権も得ておきたい。玉虫色の未来図だが、ガリアの反応次第では割と現実味があることも間違いなかった。
 だからとトリステインがゲルマニアを牽制する手だては、最初の一撃を受け止めた結果次第で全く喪われてしまうことも考えられる。王軍が壊滅し諸侯に無理矢理供出させた名ばかりのトリステイン軍が、ゲルマニア皇帝軍の後ろをついてロンディニウムまで行く……。実にありそうな絵面だが、活躍もせぬのに領土割譲のおこぼれに預かれるはずもなく、発言権も低下して『トリステインの』切り札たるウェールズも上手く動かせなくなってしまう可能性もある。もちろん、初撃のままレコン・キスタが押し切って、トリステインが敗北した場合のことも考えておかなければならない。
 その様にして、今後の手だてを状況の推移や予想される変事ごとに整理していた二人だが、駆け込んできたブルーノ書記官によって仕事を中断させられてしまった。
「陛下!
 ニューカッスル陥落との一報であります!」
「……ご苦労様」
 トリスタニアからフクロウ便で送られてきたであろう紙片に目を通し、そのままフレンツヒェンに渡す。
「城は大きな炎に包まれ、テューダー家は潰えた、でありますか……」
 静かに立ち上がったリシャールは、アルビオンへ向けて黙祷を捧げた。フレンツヒェンも一拍置いてそれに倣う。
 少なくとも老王ジェームズは、言葉通り城と運命を共にしたはずだ。
 予定のことだからと、哀しみが霧散するわけではない。
 受け止める準備が出来ていようと、心の切り替えが上手く行くとは限らない。
 ……『ウェールズ』達は、上手くやっているだろうか。

 ニューカッスル陥落の報せは、緊急の布告を出してすぐにセルフィーユ中へと広めるように務めた。旧アルビオン将兵……第二艦隊将兵には艦隊整備中につき休暇を認めるとして、喪に服す彼らをそれとなく気遣っている。
「陛下、慈心を頂戴しましたこと、セルフィーユ在住の全アルビオン人を代表して、感謝いたします」
「エルバート殿……」
 彼も無論意気消沈していたが、まとめ役たる自分がしっかりしていなくてどうすると自らを奮い立たせている。
 アリアンスへと将兵を労いに行くという彼を送り出すと、リシャールも次の書類に手を掛けた。日常業務は先に送るわけにもいかない。
 それが幾らも終わらないうちに、フクロウ便の後を追うように帰ってきた『カドー・ジェネルー』からは、もう少し詳しい情報と報告が入ってきた。
「ニューカッスル陥落の発表は、神聖皇帝兼貴族議会議長オリヴァー・クロムウェルの名で、神聖アルビオン共和国の建国と共に発表されております。
 陛下、こちらを」
 差し出された報告書を目で追えば、脚色が過ぎる一枚目は号外より抜粋されたもののようである。レコン・キスタの勇士達がニューカッスル攻略にあたり如何に奮闘したかなど、戦記物の体裁で書かれてあり、ああ、また例の手かなと、リシャールは頷いた。他は市井の噂話や定例の市場動向調査であったから、後回しにする。
 別の数枚はセルフィーユの王都商館でまとめられたものではなく、トリステイン王政府の内部資料であった。表紙にはマザリーニの字で、『セルフィーユ宛、至急!』と走り書きされている。
 こちらはレコン・キスタ改め神聖アルビオン共和国との国交樹立と不可侵条約の締結について、今後の日程や素案が記されていた。こちらはセルフィーユにも関わってくる様子で、トリスタニアへの訪問を要請されている。
「……取り敢えず、ばれてはいないようですね」
「ですな」
 『イーグル』と『イプスウィッチ』の名は、何処にも出ていない。……どころかテューダー家は潰えたとあるだけで、ジェームズ王やウェールズの最期については触れられていなかった。城が炎に包まれて大爆発したと書かれているから、確かめようもないのだろうがこちらには都合がよい。
 人の死に都合の善し悪しなどあってはならないが、ジェームズ王ら命を賭してリシャールとウェールズに全てを託した人々の気持ちを考えれば、その死を最大限に生かすことこそが信頼への返答にも弔いにもなる。それはやがて、皆の未来へと繋がるだろう。
 両艦には、ニューカッスル陥落直後はひっそりと隠れて過ごすように命じてあった。レコン・キスタに対し、油断を誘う意味と赤っ恥を掻かせる意味、その二つを持たせている。挑発は首を絞めることに繋がりそうでも、テューダー王朝は滅びずと印象づける必要があった。敗残兵を逃がすだけなら最初からセルフィーユへと向かえばよいところに手間を掛けたのは、ニューカッスルと運命を共にするという彼らの意志を、ウェールズ同様に先延ばしした結果でもある。絶対はないが、当面は命令通り待機を続けていると信ずるよりなかった。

「お久しぶりにございます、リシャール陛下」
「こちらこそご無沙汰しています、エンゲルベルト殿下」
 三番目の虚無の曜日、リシャールは予定通りトリスタニアを訪問していた。
 会議……いや、説明会に近いかもしれないそれにはクルデンホルフ大公も呼ばれていたらしく、いつぞやと同様に控えめな物腰で迎えられる。
「先日は助かりました。
 今しばらくお世話になりますが、よろしくお願いします」
「はい、大丈夫で御座いますとも」
 詳細こそ話していないものの、エンゲルベルトにはテューダー王家の資産の一部について、一時的に引き継いでいると話を通してあった。でなくては『死んだ』皇太子のサインが入った小切手など、通用するはずもない。
 クルデンホルフ側も手形や借財なら拒否もしようが、預けられている資産が引き出される分には正当性があれば取引の対象として十分である。ましてや相手はセルフィーユ、逆らいにくい相手が背中に見え隠れしていたし、実際に元王党派の将兵を引き受けていた。文句の一つもないあたり、今後も期待できそうだとでも思われているらしい。
 やがて宰相マザリーニやラ・ゲール外務卿が先触れ代わりに姿を見せ、それを合図にリシャールとエンゲルベルトも一度立ち上がって跪いた。……リシャールの場合、アンリエッタに対する礼は、公の場では時と場合によるという非常に面倒な立ち位置である。彼女がとっとと即位してくれればいいのだが、こちらもなかなか道は遠い。
「陛下、殿下。
 お二方にはトリスタニアまでご足労頂き、真にありがとうございます」
 今日は時間との戦いですからねと、入室してきたアンリエッタは短すぎる挨拶をリシャールらに投げかけた。

 先ずは滅んだテューダー王家に、黙祷を捧げる。ジェームズ王らの死を悼むことで、トリステインが態度を明確にしたとも言えるだろうか。
 会議の要旨は神聖アルビオンに対するものが中心で、トリステインの下した決定を両国が飲めるかどうか、多少の裏事情も含めてトリステイン側から説明が行われた。
 もっとも、クルデンホルフは基本的に軍事と外交をトリステインに依存しているし、リシャールも先に聞いていた内容と大差なかったので頷くに留めている。同様に『トリステインのおまけ』と見なされている他の小さな衛星国や都市国家の代表は呼ばれておらず、敬称が閣下以下の国主には書面での通達になるらしかった。
「我が国は時間を稼ぎ、その上で耐え抜かなければなりません。
 本年秋を目処に、諸侯軍の予備動員令および王軍の召集を発令する予定です。
 空海軍も新たな大型艦を建造していますわ」
「憚りながら、軍の規模はいかほどでございましょうや?」
「陸軍は王軍二万、諸侯軍は……可能ならば二万。
 空海軍は戦列艦二十余隻を中心に、小さなフネまで含めて約百隻となります」
 神聖アルビオンとの国交樹立が表になるのは今月末、来月にはアンリエッタの輿入れが控えており、それに合わせて神聖アルビオンの親善艦隊がトリステインを皮切りに各国を歴訪するという。無論、エンゲルベルトもリシャールも、形だけは『おめでとうございます』と口にしたが、受け取った側も肩をすくめて苦笑するに留めている。
 ゲルマニアとの軍事同盟は既に発効しているが、これも公表は少し後、神聖アルビオンとの国交樹立後で、こちらは予定通りの様子だった。
「対するレコン・キスタ……失礼、神聖アルビオンは戦列艦だけでも五十六十、それも精強で知られたアルビオン空軍を引き継いでいると聞きますが……」
「大公殿下の仰るとおりです。
 ですから、相手を倒すのはゲルマニアにお譲りすることにしましたの」
「ほう?」
「援軍の先陣が到着するまで耐える戦力とトリステインの国力の限界、そのぎりぎりの線が王太女殿下の口にされた百隻と四万の兵力なのです、エンゲルベルト殿下」
 陸軍はともかくフネは数倍、最初の一戦が本当に鍵を握りそうだ。
 だが幸い、空海軍は常備兵力として既にある。拡充が間に合うかは微妙だが、ほぼ額面通りの数字が望めるだろう。
 会議の最後、トリステインからの協力要請に、エンゲルベルトは額面こそ口にしなかったが資金を無償融資すると約束し、リシャールも些少ながら有事の戦力提供と同時に武器の増産にも力を入れると応じた。

 帰りの馬車の中、リシャールは会議の内容を反芻していた。
 次の一戦、トリステインは勝利と無縁の泥臭い戦いを覚悟している。
 耐え抜いて援軍が到着するその時にどれだけ余力が残っているかで、以後の国の立ち位置が変わりすぎてしまうのだ。
 余力があればその次の戦い……アルビオン奪還時に、まともな一軍を投入出来よう。それは国の発言権に即繋がるし、戦果を得られるほどの軍を送れないとなれば戦後の利権争い、つまりは他国のやりように口を挟めなくなる。
 その結果が、同時にクルデンホルフやセルフィーユの立場にも大きな影響を与えることは明白だった。大国三国の国境に位置することで平衡を保っていたクルデンホルフは、トリステインの力が小さくなりすぎれば国の維持に支障が出る。セルフィーユは下手をすれば、接する国境がゲルマニアだけになってしまうかもしれない。その後の未来は、あまり楽しい想像ができなかった。
「……ん?」
 王城から大通りに出て別邸のあるお屋敷街までは半刻ほどの筈だが、幾らも行かないうちに馬車が止まる。ジャン・マルクが近づいてくるのを見て、リシャールは小窓を開けた。
「陛下、ルイズ様です。
 手を振って居られます」
「ああ、今日は虚無の曜日でしたっけ……」
 馬上のジャン・マルクに頷いて、リシャールはルイズともう一人を馬車に迎え入れようとした。
「あんたは馬で着いてきなさい」
「えー、尻痛ぇし席空いてんじゃん」
「あんたねえ……」
 口振りからルイズの学友……あるいは恋人でも出来たのかと目を丸くして彼の姿をよく見れば、青のパーカーにジーンズの、長剣を背負った黒髪の少年は、ちわっすと軽く頭を下げてきた。





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